児に示す <陸游>
死し去れば 元より 万事の空なるを知る
但悲しむ 九州の同じきを見ざるを
王師 北のかた 中原を定めん日
家祭に 乃翁に告ぐるを忘るること無かれ
死し去れば 元(もと)より万事の空(くう)なるを知る
但(ただ)悲しむ 九州の同(おな)じきを見ざるを
王師(おうし) 北のかた中原(ちゅうげん)を定めん日
家祭(かさい)に 乃翁(だいおう)に告ぐるを忘るること無かれ
読み方
児に示す <陸游>
死去すれば元知る 万事空しと
但悲しむ 九州の 同じきを見ざるを
王師北のかた 中原を定むるの日
家祭忘るる無かれ 乃翁に告ぐるを
じにしめす <りくゆう>
しきょすればもとしる ばんじむなしと
ただかなしむ きゅうしゅうの おなじきをみざるを
おうしきたのかた ちゅうげんをさだむるのひ
かさいわするるなかれ だいおうにつぐるを
詩の意味
ただ悲しいのは、祖国(九州)が一つに統一された姿を見ずに死んでゆくことだ。
宋の朝廷の軍が北上し、中原(かつての首都を含む大陸の中心部)を平定したその日には、
どうか家祭(先祖を祀る儀式)を執り行い、この父(乃翁)に報告するのを忘れないでおくれ。」
死んでしまえば万事が空しくなってしまうと、かねてから知りぬいてはいる。それでも天下が統一されるのをこの目で見ずに終わるのが、悲しくてならない。
やがて我が宋国帝王の軍隊が北に進んで、中原(ちゅうげん)の地を平定した日には、我が家の先祖の祀(まつ)りをし、この父の霊に報告するのを忘れてはならぬぞ。
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現代日語訳(現代日本語訳)
児に示す <陸游>
死んだら本来知っている 万事は空しいものだと
ただ悲しむのは 九州が一つになるのを見られないこと
王師が北のかた 中原を平定するその日
家のお祭りで 忘れずに 乃翁(父)に告げてくれ
より自然で現代的な読み下し風訳
子に示す 陸游
死ねばもともと知っている、世の中のことはすべて空しいと。
ただ悲しいのは、天下(九州)が一つになるのを見られないことだ。
官軍が北のかた中原を平定するその日、
家の祭りのとき、決して忘れずに父(私)に知らせてくれ。
この詩は陸游の代表作「示児」で、南宋の愛国心を強く表した作品です。現代日本語では少し柔らかく、わかりやすく訳しました。必要であれば、さらに口語的な訳や解説も追加できます!
語句の意味
九州同
中国全土の統一 「九州」は古代中国全土を九つの区域に分けていた伝説による呼び名
王 師
朝廷の軍隊
中 原
中国中央部の黄河流域の一帯
乃 翁
汝の翁 おまえの父 ここでは陸游をさす 「乃」はなんじ
鑑賞
愛国の至情に燃える作者辞世の詩
宋が再び強国になることを叫び続けたにもかかわらず国勢が傾き、これからの運命が気にかかり、子供たちに与えた遺言詩である。表面的な詩意は「九州」「王師」「中原」「乃翁」の熟語さえわかればほぼ理解できるが、やはりこの詩も、当時の歴史を知らなければ真相に近づけない。1200年代と言えば宋が北方からの異民族「金」によって追われ、止む無く南方の臨安に(今の杭州)に臨時政府を置いた屈辱の時代である。しかも南宋では暗君が多数続き、奸臣(かんしん)が政権を握るなどしたため、加えてモンゴル民族の南下もあって、国勢は傾き始めていた。愛国の情熱き作者はすでに80歳に近かったが、政府の弱腰に切歯扼腕(せっしやくわん)していたので、死んでも死にきれない思いで見つめていた。このままでは漢民族の宋が中国大陸を健全な形で復権する日は、夢で見るしかないのである。仮にその日が来たら、すでにあの世にいる自分に喜びの報告をしてほしいと、子供らに託すのである。淡々とした歌い方であるが、85歳の切望感を味わいたい。

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