児に示す  <陸游>

 





書き下し文
死し去れば  元より 万事の空なるを知る
但悲しむ  九州の同じきを見ざるを
王師  北のかた 中原を定めん日
家祭に  乃翁に告ぐるを忘るること無かれ


死し去れば 元(もと)より万事の空(くう)なるを知る

但(ただ)悲しむ 九州の同(おな)じきを見ざるを

王師(おうし) 北のかた中原(ちゅうげん)を定めん日

家祭(かさい)に 乃翁(だいおう)に告ぐるを忘るること無かれ 

現代語訳

私が死んでしまえば、この世のすべての事柄は虚無に帰す(何もなくなる)ことは最初から分かっている。
ただ一つだけ悲しいのは、我が祖国(九州:中国全土)が統一されるのを見られないことだ。
宋の天子の軍隊が北へ進撃し、失われた中原の地を奪還したその日には、
我が家の先祖を祀る祭りの席で、「ついに統一されました」と、お前の父親(私)の霊に報告するのを絶対に忘れないでおくれ。 [1, 2]

読み方

 児に示す  <陸游>
死去すれば元知る 万事空しと
但悲しむ 九州の 同じきを見ざるを
王師北のかた 中原を定むるの日
家祭忘るる無かれ 乃翁に告ぐるを

 じにしめす  <りくゆう>

しきょすればもとしる ばんじむなしと

ただかなしむ きゅうしゅうの おなじきをみざるを

おうしきたのかた ちゅうげんをさだむるのひ

かさいわするるなかれ だいおうにつぐるを

詩の意味


現代語訳
「死んでしまえば、あらゆることは無に帰してしまうと、もちろん分かっている。
ただ悲しいのは、祖国(九州)が一つに統一された姿を見ずに死んでゆくことだ。
宋の朝廷の軍が北上し、中原(かつての首都を含む大陸の中心部)を平定したその日には、
どうか家祭(先祖を祀る儀式)を執り行い、この父(乃翁)に報告するのを忘れないでおくれ。」
🥰🥰🥰🥰🥰

 死んでしまえば万事が空しくなってしまうと、かねてから知りぬいてはいる。それでも天下が統一されるのをこの目で見ずに終わるのが、悲しくてならない。

 やがて我が宋国帝王の軍隊が北に進んで、中原(ちゅうげん)の地を平定した日には、我が家の先祖の祀(まつ)りをし、この父の霊に報告するのを忘れてはならぬぞ。

🥰🥰🥰🥰🥰

現代日語訳(現代日本語訳)

児に示す  <陸游>


死んだら本来知っている 万事は空しいものだと
ただ悲しむのは 九州が一つになるのを見られないこと
王師が北のかた 中原を平定するその日
家のお祭りで 忘れずに 乃翁(父)に告げてくれ

より自然で現代的な読み下し風訳

子に示す  陸游


死ねばもともと知っている、世の中のことはすべて空しいと。
ただ悲しいのは、天下(九州)が一つになるのを見られないことだ。
官軍が北のかた中原を平定するその日、
家の祭りのとき、決して忘れずに父(私)に知らせてくれ。

この詩は陸游の代表作「示児」で、南宋の愛国心を強く表した作品です。現代日本語では少し柔らかく、わかりやすく訳しました。必要であれば、さらに口語的な訳や解説も追加できます!


語句の意味

九州同

中国全土の統一 「九州」は古代中国全土を九つの区域に分けていた伝説による呼び名

王 師

朝廷の軍隊

中 原

中国中央部の黄河流域の一帯

乃 翁

汝の翁 おまえの父 ここでは陸游をさす 「乃」はなんじ

鑑賞

  愛国の至情に燃える作者辞世の詩


 宋が再び強国になることを叫び続けたにもかかわらず国勢が傾き、これからの運命が気にかかり、子供たちに与えた遺言詩である。表面的な詩意は「九州」「王師」「中原」「乃翁」の熟語さえわかればほぼ理解できるが、やはりこの詩も、当時の歴史を知らなければ真相に近づけない。1200年代と言えば宋が北方からの異民族「金」によって追われ、止む無く南方の臨安に(今の杭州)に臨時政府を置いた屈辱の時代である。しかも南宋では暗君が多数続き、奸臣(かんしん)が政権を握るなどしたため、加えてモンゴル民族の南下もあって、国勢は傾き始めていた。愛国の情熱き作者はすでに80歳に近かったが、政府の弱腰に切歯扼腕(せっしやくわん)していたので、死んでも死にきれない思いで見つめていた。このままでは漢民族の宋が中国大陸を健全な形で復権する日は、夢で見るしかないのである。仮にその日が来たら、すでにあの世にいる自分に喜びの報告をしてほしいと、子供らに託すのである。淡々とした歌い方であるが、85歳の切望感を味わいたい。

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