漢詩紹介
尋胡隠君 高 啓
吟者:奥山紅雋
2021年8月掲載
読み方
胡隠君を尋ぬ <高啓>
水を渡り 復水を渡り
花を看 還花を看る
春風 江上の路
覚えず 君が家に到る
こいんくんをたずぬ <こうけい>
みずをわたり またみずをわたり
はなをみ またはなをみる
しゅんぷう こうじょうのみち
おぼえず きみがいえにいたる
水(みず)を渡(わた)り 復(ま)た水(みず)を渡(わた)り
花(はな)を看(み) 還(ま)た花(はな)を看(み)る
春風(しゅんぷう) 江上(こうじょう)の路(みち)
覚(おぼ)えず 君(きみ)が家(いえ)に到(いた)る
あちらの川を渡り、またこちらの川を渡り、
あちらの花を眺め、またこちらの花を眺める。
春風そよぐ川沿いの道、ゆっくり歩いているうち、
いつの間にか、君の家にたどり着いた。
詩の意味
何度も何度も川を渡る道すがら、花を見、さらに咲き誇るあたりの花を見る。
春風そよぐ江(かわ)のほとりの路をゆくと、いつの間にか君の家にたどり着いてしまった。
語句の意味
胡隠君
胡という隠者
水
川 蘇州あたりは水郷地帯
花
桃や李(すもも)の花
不 覚
いつの間にか
鑑賞
隠者を慕いつつ描く江南風景画
この詩は江南ののどかな風景を愛(め)で楽しみつつ、隠者となっている友人の胡氏を訪ねた時の作である。春光がゆったりと注ぐ江南の風景は、この詩に尽きるほど見事に表現されて、作者の心境と風景が一枚になった純粋無垢の作品と言える。作者もまだ30代後半とはいえ、明帝からの高官を拒んで故郷で自適の生活をする身だから隠者に近い。おそらく憧れの隠者が比較的近くに暮らしていたのであろう。気がつけば足がそちらに向かっていたという無色透明な詠い方が良い。
漢詩の小知識
五言絶句の平仄の公式
➀平起式(偏格)起句の二字目が平音である場合
△○△●● △●●○◎
△●△○● △○△●◎
②仄起式(正格)起句の二字目が仄音である場合
△●△○● △○△●◎
△○○●● △●●○◎
五言詩は七言詩の上から二文字分を除いたものと考えるのが基本。押韻は承句と結句末のみ。
1 一・三字目は〇でも●でもどちらでもよい(△印)
2 下三字は●○●となってもよい。五言詩の場合は弧平とは言わない。
参考
夏目漱石は高啓詩の愛読者?
漱石の五言絶句に次のようなものがある
渡尽東西水 渡り尽くす東西の水
三過翠柳橋 三たび過ぐ翠柳の橋
春風吹不断 春風吹いて断たず
春恨幾条条 春恨幾条条
場所は定かではないが、同床異夢ならず異床同夢というところではないか。
詩の形
仄起こり五言絶句の形のようであるが、起句はすべてが仄字、承句はすべてが平字となっているし、渡・水・看・花が二度も使われているので古詩である。起句と承句は対をなしている。下平声六麻(りくま)韻の花、家の字が使われている。
結句 転句 承句 起句
作者
高 啓 1336~1374
元末・明初期の役人・詩人
恵宗至元(けいそうしげん)2年江蘇省長州(蘇州省呉県)の小地主の家に生まれた。名は啓(けい)、字は季迪(きてき)、青邱子(せいきゅうし)と号す。幼にして頴敏(えいびん)、文武に優れ詩文にも巧みであった。元朝に抵抗して蘇州に政権を樹立した張士誠の文学集団に出入りした。官は翰林院国史編修官を経て戸部侍郎に就くも辞めて自活し、のち罪に連座して腰斬(ようざん)の刑に処せられる。享年39。明初期最大の詩人で呉中(あるいは明初)の四傑(楊基・張羽・徐賁=じょひ)に数えられる。
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