磧中の作 <岑 参>



公益社団法人 関西吟詩文化協会
漢詩紹介
磧中作 岑 参
吟者:埜辺旭洲
2010年11月掲載

読み方
 磧中の作 <岑 参>

馬を走らせて 西来 天に到らんと欲す
家を辞してより 月の両回 円かなるを見る
今夜は知らず 何れの処にか宿せん
平沙 万里 人煙絶ゆ

 せきちゅうのさく <しんしん>

うまをはしらせて せいらい てんにいたらんとほっす
いえをじしてより つきのりょうかい まどかなるをみる
こんやはしらず いずれのところにかしゅくせん
へいさ ばんり じんえんたゆ
####
《訳》 
馬を走らせて西へ西へと進んで行くと(どこまでも果てしがなく)、そのまま天の果てまでたどり着きそうである。

家を出てから、もう二度も満月になるのを見た。

今夜はいったいどこに宿泊することになるのだろうか、それすらわからない。

広くて平らな砂漠は万里の果てまで続き、人家から立ちのぼる炊事の煙などは全く見えない。


####
《白》 走馬西来欲到天
《訓》 走レラセテ馬西来欲ス到ラント 天一
《書》 馬を走らせて西来天に到らんと欲 す
《仮》 うまをはしらせて せいらいて んにいたらんとほっす
《訳》 馬を走らせて西へ西へと進んで行 くと(どこまでも果てしがなく)、そのま ま天の果てまでたどり着きそうである。

《白》 辞家見月両回円
《訓》 辞 シテヨリ家ヲ見―ル月ノ両回円 ナルヲ
《書》 家を辞してより月の両回円なるを 見る
《仮》 いえをじしてよりつきのりょう かいまどかなるをみる
《訳》 家を出てから、もう二度も満月に なるのを見た。

《白》 今夜不知何処宿
《訓》 今夜不知何レノ処ニカ宿セン
《書》 今夜知らず何れの処にか宿せん
《仮》 こんやしらず いずれのところに かしゅくせん
《訳》 今夜はいったいどこに宿泊するこ とになるのだろうか、それすらわからない。
※《宿せん→宿するを》

《白》 平沙万里絕人煙
《訓》 平沙万里絶―ツ人煙ヲ
《書》 平沙万里人煙を絶つ
《仮》 へいさ ばんり じんえんをたつ
《訳》 広くて平らな砂漠は万里の果てま で続き、人家から立ちのぼる炊事の煙な どは全く見えない。
※《人煙を絶つ→人煙絶ゆ(たゆ)・人煙 絶す(ぜっす)》

###
磧中作 岑參
走馬西来欲到天
辞家見月両回円
今夜不知何処宿
平沙万里絶人煙

磧中(せきちゅう)の作(さく) 岑參(しんじん)
馬(うま)を走(はし)らせて西来(せいらい) 天(てん)に到(いた)らんと欲(ほっ)す
家(いえ)を辞(じ)して月(つき)の両回(りょうかい) 円(まどか)なるを見る
今夜(こんや) 知らず 何(いづ)れの処(ところ)にか宿(しゅく)せん
平沙万里(へいさばんり) 人煙(じんえん)を絶(た)つ

#####
馬を走らせて西へ西へと進んでいくと、
このまま天までたどり着けそうに思えてくる。

家を出てから月が二回満ちるのを見た。
今夜はどこに泊まろうか。見当もつかない。

見渡す限りの砂漠で、人家の煙は一筋も見えない。

詩の意味
 馬を走らせて西へ行けば、地平線は果てしなく天まで続いていて尽きることがない。もう家を出てから2回も満月の夜を迎えたのだ。
 今夜はどこに野宿するのだろうか、何のあてもない。見渡す限り月下に広がる沙漠は果てしなく続いて、人家の煙さえ見えないのだ。

###
馬を走らせて西の方へやって来たのだが、どこまで果てしなく平原は広がり、
天に達するかと思われるほどだ。この辺境の戦場の地に赴いて、家族と離れて以来
もう2回目の満月を見る。ずいぶん長い遠征となってしまった。
今夜は何処を宿営地とするのだろうか。広い砂漠はどこまでも続いており
人の住んでいる様子もない荒涼とした地である。帰郷できる日が待ち遠しいものだ。

磧中の作
    岑参
馬を走らせ西へ来り天に到らんとし、
家を辞し、月の両回円かなるを見る。
今夜知らず、何れの処にか宿せむ。
平沙万里、人煙を絶つ。

意訳
馬を走らせ西に来ると、地の果てを越えて、天に至ったようだ。
家を出てからもう二回満月を見る事となった。
今夜も、何処で泊まれるか分からない。
広大で平らな砂漠は、人が住んでいる痕跡の煙が見えないから。

騎著馬向西走,幾乎來到天邊,
離家以後,已見到兩次月圓。
今夜不知道到哪裏去投宿,
在這沙漠中,萬里不見人煙。

私は西へ、ほとんど空の端まで走った。
家を出てから2度満月を見た。
今夜はどこに泊まろうか。
この砂漠で何キロも人間を見たことがない。

語句の意味
磧 中
砂漠の中
西 来
西に向かっていく「来」は語勢を強める助字
月両回円
満月が2回 2か月が過ぎること
平沙万里
平らかな砂漠が遥か遠くまで続いている
人 煙
人家の生活する煙
鑑賞
  孤独で心細い旅人の心境を歌った傑作

 この詩の制作年代ははっきりしないが、作者は天宝8年(749)に節度使の下級役人として安西に赴任している。3年後には北庭(新彊省チムサル県)に行き、翌年には同省の輪台に生活するなど辺塞生活を経験しているから、このころの作と思われる。この詩は辺塞詩のうちでも名作中の名作と言われているが、日本人には想像もつかない描写の連続で圧倒される。地平線が天に届くほど行く道は永遠に続くとか、馬とともに2か月も旅を続ける生活。食料や水はどうしていたのかと素朴な疑問がわくが、答えは見当もつかない。そして砂の上の野宿。もし冬なら零下何十度にもなる極寒の地である。さらに行けども行けども人家は見えない。その心細さは地獄に誘導されるようではなかったか。それでもなお役目を背負って行かなければならなかった役人の悲壮さは想像を絶する。

備考
  「絶人煙」は「人煙絶ゆ」か「人煙を絶つ」か

 結句の「絶人煙」は中国語の語順からすれば動詞+目的語だから「人煙を絶つ」と読むのが正式だ。もし「人煙絶ゆ」と読むなら「人煙絶」とならなければならない。本会では人家の煙は全く見えないという意味を優先させて「人煙絶ゆ」と訓読している。簡野道明氏の「唐詩選詳解」では「人煙を絶つ」と読んでいる。

参考
  節度使とは

 官名。唐、宋時代に軍政と行政をつかさどった地方長官。今流にいえば外国大使ほどの地位と権力を備える。唐の玄宗皇帝時代には10の節度使を置いて地方の治安を守らせた。反乱をおこした有名な安禄山は平廬、范陽、河東の3節度使を兼ねていて強力な権限を持っていた。元の時代に廃止された。

詩の形
 仄起こり七言絶句の形であるが、起承句は仄起式、転結句は平起式の声調になっているので拗体である。下平声一先韻の天、円、煙の字が使われている。

結句 転句 承句 起句
   
   
   
   
   
   
   
作者
岑参  715~770

  盛唐の役人・詩人

 南陽(河南省)の人とも。名門の出身で兄弟そろって秀才の誉れ高く、天宝3年(744)2番の成績で進士の試験に合格した。官を重ねて左補闕(さほけつ)・起居郎(ききょろう)となり、749年には節度使属官として十余年にわたり辺塞の地に参軍した経験を持つ。嘉州(四川省)の刺史に進み、のち職を辞して杜陵山中に隠棲して、蜀で客死す。辺塞詩人として知られている。「岑嘉州集」(しんかしゅうしゅう)7~8巻がある。享年55。

 ツイート
 
 シェア
かんちゃん ぎんちゃん
巻頭言の「油然」の読み方は「ゆぜん」・「ゆうぜん」どちら?
答えはこちら
掲示板アラカルト一覧はこちら

詩吟に対する質問や会員入会等のお問い合わせ

公益社団法人 関西吟詩文化協会 本部 事務局
〒553-0001 大阪市福島区海老江7-5-4
電話:06-6453-6720
お問い合わせ
公益社団法人 関西吟詩文化協会では下記ソーシャルメディアに情報発信を行っています。
YouTube 関西吟詩文化協会 公式チャンネル https://www.youtube.com/kansaiginshi
Instagram 関西吟詩文化協会 公式アカウント https://www.instagram.com/kansai.ginshi/
上記以外で公開されている当会に関するコンテンツにつきましては、当会は一切関知致しません。
お問い合わせにつきましてはご回答は差し控えさせていただきます。
このホームページに掲載の文章・画像・音源等の無断転載はご遠慮下さい。
公益社団法人 関西吟詩文化協会

沒有留言:

張貼留言

注意:只有此網誌的成員可以留言。

德國法院可能剛剛戳破了拜登時代最大的謊言之一

德國法院可能剛剛戳破了拜登時代最大的謊言之一   作者:喬納森·圖利(Jonathan Turley),特約評論員 - 2025年11月29日 上午10:30(美東時間) 人們常說:「戰爭來臨時,第一個犧牲的便是真相。」德國剛剛發出的刑事逮捕令證明,戰爭仍在持續奪走它的受害者。然...