有馬哲夫『日本人はなぜ自虐的になったのか−占領とWGIP』
有馬哲夫『日本人はなぜ自虐的になったのか−占領とWGIP』
作者早稻田大学教授有马哲夫花费 28 年时间,对美国、英国、加拿大、澳大利亚、台湾和瑞士等国档案馆的原始文献进行了调查和研究,发现在二战结束 70 年后的今天,日本有一种 "思维定势"(由教育、宣传和先入为主的观念所形成的思维方式),似乎将日本人困在了对当代历史,尤其是二战及其周边时期的 "思维定势 "中。该书断言,"存在着源于 WGIP 的机构和制度",这些机构和制度使日本人陷入"[由教育、宣传和先入为主的观念]形成的思维定势",尤其是关于二战后及其后果的思维定势。
本书由三部分组成:"此时此地的WGIP心态"、"占领军的政治和心理战是如何进行的 "和 "WGIP的后遗症",其中最引人注目的是第二章,该章对上述代表作的说法进行了彻底的驳斥。
在这些代表作中,最受朝日新闻和左翼舆论界关注的是賀茂道子。
该书重点批驳了最受朝日新闻和左翼报刊关注的《战争罪责方案》(法政大学出版社,2018),以下五点是批判要点。
第一,"战争罪责 "的本意是 "引起战争的罪责、战争的责任",但从东京经济大学前教授有山辉男传给加茂后,被解释为 "战争罪责","变异 "成了无法理解的东西。
其次,"WGIP 的第三阶段没有实施",因此 "说 WGIP 在使普通日本人感到对战争负有责任方面没有效果",但对当时的报纸和广播进行研究后发现,WGIP 显然实施了,"加茂错了是无可争议的",宣称 "加茂错了是无可争议的"。还宣称 "卡莫是错误的,这是不争的事实"。
第三,它声称 WGIP 是 "日本民主化政策的一部分",是一项 "民主启蒙 "活动,但 WGIP 文件本身推翻了这一说法,称该计划的目的是 "让日本人民做好接受远东国际军事法庭判决的准备"。该文件批评了没有原始历史文献支持的 "假设","他们没有意识到,由于对占领历史缺乏足够的了解,他们已经陷入了 WGIP 的思维模式"。
第四,《朝日新闻》对该书给予了好评,因为其 "WGIP 并没有做什么,它只是提高认识,或者说是启蒙 "的理论是对《朝日新闻》的 "开脱罪责",而《朝日新闻》无疑是支持 WGIP 的。
第五,虽然在学术论文中参考前人的研究成果是必不可少的,但有马哲夫的著作和文章在内容上有许多共同之处,却没有被列为资料来源或参考文献,这是 "研究伦理上的重大缺陷"。这在很大程度上也适用于我的著作,我完全同意这一点:我根据与 WGIP 相关的原始历史资料出版的著作,如《历史的丧失》(崇光崛起书房,1997 年)、《美国在占领期间为使日本永远不再崛起所做的一切》(秩名书房,2014 年),以及".............今天的战争宣传--探寻 WGIP 的起源》(高岛社,2016 年)等,因为它们根本没有提及这些内容。
接下来,若林美纪夫《"GHQ洗脑论 "是谬论》(木轩书局设计蛋,2018)、山崎正弘《历史战争与意识形态战争》(集英社新书,2019)等,并没有根据WGIP文件的原始史料进行论证,而是仔细阅读对方所依据的文件,然后试图推倒对方的证据。该书批评日方没有提出反证,导致论证滴水不漏,无法交锋。
特别是,上书指出,根据日方的历史文献,"原来在战争失败后,日本人民对军阀和官僚的谴责、责难和声讨的舆论立即汹涌澎湃",但接着又说 "责难战前和战时的日本领导人 "与 "责难日本在战争中做了坏事,认为日本要为此负责 "是混为一谈的。他批评作者将 "在战前和战争期间指责日本领导人 "与 "认为日本在战争中做了坏事,并认为日本应对此负责 "混为一谈,并指出致命的缺陷在于作者 "只看日本方面,而不看美国方面",而不是根据日本和美国的资料来反驳自己的观点。
后记中断言 "日本人的智商并不低,因此无法想象《世界和平条约》在 70 年后仍然有效",也是逻辑的转换。"反日 "不用说就是 "反日本",是 "故意歪曲对方的主张,制造原本不存在的逻辑矛盾和薄弱理由,然后进行攻击"。作者认为,这不过是 "故意歪曲对方的论点,在论点中制造原本不存在的矛盾和弱点,然后加以攻击,使论点看起来好像被打败了 "的一种方法。
此外,在畑郁彦的《阴谋史学》(新潮社,2012 年)中,他认为 "江藤和高桥堆积了大量官方文件和证据,而畑甚至没有引用官方文件,也没有提供任何反证,只是陈述负面的'印象'"。相比之下,秦只是给出了负面的'印象',既没有引用官方文件,也没有提供任何反证。
这两点可以说是有的放矢,锋芒毕露,但对于GHQ的CIE(民间情报教育局)文件中收录的WGIP文件,主要的历史文献已经被江藤、高桥、胜冈、关野、有马等人翻译成日文,文件的存在已经没有争论的余地。
同样明确的是,WGIP 的起源在于美国的对日心理战行动,但如何理解这些对日心理战行动与 WGIP 之间的连续性存在各种理论,综合研究是未来的课题,但这一点将在后面讨论。
接下来,有马指出,日本洗脑计划的源头在延安,那里是中国共产党(CCP)的总部。
有马批评 "WGIP 延安起源说 "和 "WGIP 共产国际起源说 "是 "制衡说"。
那些高喊 "历史战争 "的人则是另一种心态。除了政治立场之外,似乎还有一种力量,那就是无视历史渊源和客观事实,缺乏基本知识",对保守派的社论表达了根本性的怀疑。
有一种说法是,麦克阿瑟的 "助理政治顾问 "爱默生提到了 1940 年共产国际派往中国延安的野坂三藏(前日本共产党委员长)对日本战俘进行洗脑教育的成果,WGIP 的创意就来自延安。
这一理论的主要倡导者《产经新闻》编辑委员冈部信痛批三篇报道 "英国国家档案馆的秘密文件显示,[GHQ]通过野坂三藏采用了中国共产党在延安对日本战俘进行心理战(洗脑)的方法 "的文章是 "剪切新闻"。他们批评这是 "剪切新闻"。
爱默生证词》并不是 "秘密文件",因为它是美国国家档案馆和斯坦福大学胡佛研究所的公开文件,它被猛烈抨击为一种误导读者的 "技巧",即只剪掉证词中方便的部分,而 "省略 "不方便的部分。
有马教授反对的依据是,他在陆军战争学院写过一篇关于 "日本士兵心理 "的论文,1942 年至 1943 年在美国战略情报局(OSS)负责心理战,1944 年 6 月起在麦克阿瑟领导的美国西南太平洋军(战争结束后发展为占领军)中带头开展心理战。WGIP是由费勒斯(电影《战争末期的皇帝》的主人公)和戴克(前GHQ民间情报和教育主任)根据《波茨坦公告》和《最初的基本指令》策划、提议和实施的,爱默生于1944年被派往延安,因此WGIP并非源于WGIP。
领导 WGIP 的费勒斯和戴克无法从野坂和中国共产党那里了解针对日本士兵的心理战,他们认为 "心理战 "起源于美国著名政治学家哈罗德-拉斯韦尔(Harold Lasswell)的《世界大战中的宣传技巧》(Propaganda Techniques in World Wars)和《心理战》(Psychological Warfare)。
具体而言,"心理战 "就是在 "思想战争 "中击败敌人,并通过使用
(1)白色宣传(揭露信息来源,宣传适合自己的事实)和
(2)黑色宣传(不揭露信息来源,宣传大部分虚假信息)来控制敌人的思想。他解释了 "心理战 "的要点,
并在陆军、海军、战争情报局(OWI)和战略情报局(OSS)中设立了负责心理战的部门,还动员了大量美国研究人员和专家。
有马强调,WGIP 不应被视为一个独立的实体,而应被视为一个 "联合和综合的实体",其重点是政治战和心理战之间的关系,"否则,WGIP 作为一个'独立的实体',就会被视为一个'联合和综合的实体'。
否则,我们就会陷入'仅凭一个公关计划就给日本人洗脑'这一荒谬的阴谋论",这是一个重要的观点。
约翰-洛林-里斯(建立英国陆军心理战办公室的指挥官)是负责
(1)的英国陆军心理战办公室和负责
(2)的美国国家安全局之间的联络人,他奉命在苏塞克斯大学内建立了世界上最大的洗脑设施,并在那里开发了心理战洗脑方法。
塔维斯托克研究所最资深的官员之一,也是塔维斯托克研究所的重要成员,曾帮助传授 "社会心理学之父 "库尔特-列文的 "阶段心理学 "方法(一种将正常人的思想和精神置于使其疯狂的情境中的洗脑方法),他就是玛格丽特-米德、露丝-本尼迪克特、拉斯韦尔和里斯等人。
他们致力于心理战的研究,以实现精神上的裁军,研究使用什么样的心理战方法可以更有效地削弱敌人的抵抗精神。
这项心理战研究构成了对日心理战略的基础,通过米德和列文,拉塞尔-本尼迪克特等人与高勒在这个研究小组中建立了联系。英国社会人类学家杰弗里-高勒(Geoffrey Gawler)的论文《日本人的人格结构和宣传》对美国政府信息协调局(COI)制定的 "日本计划 "影响最大,该计划是对日占领政策的出发点。
拉斯韦尔作为剖析(研究所的业务术语,指从实施长期全球战略的角度对个人和团体进行评级的工作)方面的专家,深入参与了英国塔维斯托克研究所的工作,对敌国当地报纸进行分析,并对高勒论文产生了决定性的影响,正如英国苏塞克斯大学收藏的高勒论文所示英国苏塞克斯大学收藏的高勒论文显示高勒和本尼迪克特的文件,以及高勒和本尼迪克特的文件,这些文件证实了这一点,也证实了拉斯韦尔在列文的心理战研究小组中与高勒(英国社会人类学家,曾负责美国战争情报局(OWI)对外战争分析科)及其继任者本尼迪克特等人的交往,以及他曾担任过美国政府总部民事信息和教育部 WGIP 的负责人。有马教授没有提到作为 WGIP 先驱的布拉德福德-史密斯文件,但对包括这些文件在内的 WGIP 的全面研究是未来的课题。
费勒斯是有马重点研究的 WGIP 的源头,他于 1942 年 7 月被派往 OSS,1943 年成为西南太平洋地区总司令部第五参谋长,1944 年 6 月作为陆军新成立的心理作战处(PWB)负责人领导对日心理作战,1945 年 6 月成为总司令部军事秘书。他被任命为麦克阿瑟将军的军事秘书,在将对日心理作战专业人员提拔为CIE(戴克总干事)干部并将对日心理战略移交给CIE方面发挥了历史性作用。
与此同时,布拉德福德-史密斯(Bradford Smith)作为CIE计划与行动科科长编撰了《太平洋战争史》,并带头成立了WGIP,他从1942年开始负责OWI的对日心理作战,于同年3月发表了《日本精神》一文,4月发表了《日本--美女与野兽》一文,并于同年6月成立了1945年9月,他被任命为OWI中太平洋行动负责人,领导一个由90名专家组成的团队,带头开展对日心理战,之后被派往CIE工作。
以费勒斯和史密斯为代表的OSS和OWI对日心理战战略的这一流程,以及英国政治战争执行部(PWE)和OSS之间的关系,通过一系列会议和研究,以及1944年12月16/17日在纽约举行的有40多位杰出专家参加的会议,建立了对日心理战的联合体系、米德、高勒等人在领导太平洋问题研究小组于 1944 年 12 月 16-17 日在纽约召开的分析 "日本人性格结构 "的会议中所发挥的历史作用,以及与对他们产生决定性影响的拉斯韦尔之间颇具影响力的关系,都需要全面、综合地加以把握和整理。
去年夏天,在纽约举行的会议上,灵策大学的杰森-摩根副教授介绍了他对 WGIP 的研究,获得了很大反响。
(新町新闻社,2020 年)
書評
有馬哲夫『日本人はなぜ自虐的になったのか−占領とWGIP』
高橋 史朗(麗澤大学大学院特任教授・モラロジー研究所教授)
WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)については、「陰謀史観」にすぎないという批判がとりわけ左派論壇に根強く渦巻いているが、本書はその代表的 著作の主張を紹介しつつ、WGIP文書の第一次史料に基づいて実証的に反論している。
著者の有馬哲夫早大教授は、28年間にわたって米英加豪台及びスイスの公文書館で第 一次史料の調査研究を積み重ね、戦後70年を経た今日の日本には、現代史、とりわけ第 二次世界大戦とその周辺の時期に関して、日本人を「マインドセット(教育、プロパガンダ、先入観から作られる思考様式)」に陥らせるような「WGIP由来の制度やシステムが現存していると断言」する。
本書は「今ここにあるWGIPマインドセット」「占領軍の政治戦・心理戦はどのように行われたのか「」WGIPの後遺症」の3部で構成されているが、最も注目されるのは第2章で、前述した代表的著作の主張を完膚なきまで論破している。
代表的著作の中でも、朝日新聞と左派論壇が持ちあげて最も注目された賀茂道子
『ウォー・ギルト・プログラム』(法政大学出版局、 2018)に対する反論に力点が置かれているが、批判の論点は以下の5点である。
まず第一に、「ウォー・ギルト」は「戦争を起こした罪、戦争責任」という意味なのに、「戦争の有罪性」と解釈し、東京経済大学の有山輝雄元教授から賀茂に伝わるうちに「突然変異」を起こして、意味不明のものになってしまった。
第二に、「WGIPの第3段階は実施されなかった」ので、「WGIPは一般の日本人に戦争 責任を感じさせる上では効き目がなかったと述べている」が、当時の新聞、ラジオ放送を検証すると、明らかに実施されており、「賀茂が間違っているということは議論の余地がない」と断じている。
第三に、WGIPは「日本民主化政策の一環」で、「民主主義の啓蒙」活動だったと主張し ているが、WGIP文書は、このプログラムの目的は、「日本人が極東国際軍事法廷の判決 を受け入れる心の準備をさせること」だと明記しており、WGIP文書自体が反証になって いる。第1次史料の裏付けのない「思い込み」で、「占領史について十分な知識を持たない ために自分がWGIPマインドセットに陥っていることに気が付いていない」と批判している。
第四に、朝日新聞が同書に好意的評価を与えているのは、「WGIPの効き目はそれほど なかった、いやあれは意識改革だった、いや啓蒙だった」とする説が、頭抜けてWGIPに協力的だった朝日新聞の「免罪符」になっているからである。
第五に、先行研究への言及は学術論文では必要不可欠であるにもかかわらず、内容的 に共通部分が多い有馬哲夫の著書・論文を出典にも参考文献にも挙げていないのは、「研究倫理上大きな瑕疵」がある。この点については、拙著についてもほぼ当てはまり、全く同感である。WGIPに関連する第一次史料に基づいて出版した『歴史の喪失』(総合法令出
版、1997)、『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』(致知出版社、2014)、『「日本を解体する」戦争プロパガンダの現在-WGIPの源流を探る』(宝島社、2016)等に全く言及していないからである。
次に、若林幹夫『「GHQ洗脳説」は誤りである』(ムゲンブックス・デザインエッグ社、2018)と、山崎雅弘『歴史戦と思想戦』(集英社新書、 2019)は、WGIP文書の第一次史料を踏まえた議論をせず、相手が拠り所としている資料をよく読み、その根拠を突き崩す ような反証を示していないために、噛み合うことのない水掛け論になってしまっていると批判している。
とりわけ前書は、日本側の史料に基づき、「敗戦直後から、日本国民の軍閥・官僚に対 する強烈な非難・断罪・糾弾の世論が澎湃として巻き起こっていたということが判明した」と述べているが、「戦前戦中の日本の指導者を非難すること」と、「日本が戦争で悪いこと をして、それには自分も責任があると思うこと」を混同している点を批判し、日米双方の 資料を踏まえた反証ではなく、「日本側だけを見てアメリカ側は見ていないこと」が致命 的欠陥だ、と指摘している。
また、後書が「日本人は知能が低くないので、WGIPが70年たっても効いているなんて考えられない」というのも論理のすり替えであり、「反日」とは、言うまでもなく「反大日本帝国」という意味だと断言しているのは、「相手の主張を故意に歪曲し、本来はない論 理の矛盾や根拠の脆弱性を作り上げておいて、それを攻撃し、論破したように見せる」論法にすぎないと反論している。
さらに、秦郁彦『陰謀史観』(新潮新書、 2012)については、「江藤や高橋はこれでもかとばかりの公文書を積み上げて証拠固めをしていますが、対する秦は、公文書を引用す るどころか、反証もあげず、ただネガティブな『印象』を述べているにすぎません「」WGIP マインドセット説を『空騒ぎ』と評しながらも、そう判断する根拠を示していません」と 批判している。
いずれも的を射た鋭い指摘といえるが、GHQのCIE(民間情報教育局)文書に含まれているWGIP文書については、江藤・髙橋・勝岡・関野・有馬らによって第一次史料が既に日本語に訳されており、文書の存在については論議の余地はない。
WGIPの原点がアメリカの対日心理作戦にあることも明白であるが、この対日心理作戦とWGIPの連続性をどのように捉えるかについては諸説があり、包括的研究が今後の課題であるが、この点については後述する。
次に有馬は、日本人洗脳計画の原点は中国共産党の本拠地であった延安にあるという
「WGIP延安起源説「」WGIPコミンテルン起源説」は「牽強付会」である、と批判している。
「『歴史戦』を叫ぶ人々は、別の種類のマインドセットに陥っています。それには彼らの政治的スタンスのほかに、歴史資料と客観的事実の無視と基本的知識の欠如も与って力が あったようです」と、保守陣営の論説に根本的な疑念を表明している。
同説は、1940年に中国の延安にコミンテルンから派遣された野坂参三(元日本共産党 議長)の日本兵捕虜の洗脳教育の成果を参考にしたのがマッカーサーの「政治顧問付補佐官」のエマーソンで、WGIPのアイデアは延安にあったというものである。
この説を唱える代表格の産経新聞の岡部伸編集委員が、「延安で中国共産党が野坂参三を通じて日本軍捕虜に行った心理戦(洗脳工作)の手法を[GHQが]取り入れたことが英
国立公文書館所蔵の秘密文書で判明した」などと報じた3つの記事は、「切り取りジャーナリズム」だと痛烈に批判している。
エマーソン証言録は、米国立公文書館やスタンフォード大学フーヴァー研究所の公開 文書だから「秘密文書」とは言えず、同証言録の都合のいいところだけを切り取って、都合の悪いところは「省略」して読者をミスリードする「テクニック」だと酷評している。
有馬教授の反論の根拠は、陸軍士官大学で「日本兵の心理」という論文を書き、1942 年から1943年までアメリカの戦略諜報局(OSS)に在籍して心理戦を担当し、1944年6月からマッカーサー率いるアメリカ南西太平洋陸軍(終戦後は占領軍に発展した)で心理戦を陣頭指揮したフェラーズ(映画『終戦のエンペラー』の主人公)とダイク(元GHQ民間情報教育局長)がポツダム宣言と初期基本指令に基づいて計画、提案、実施したのがWGIP であり、エマーソンが延安に送られたのは1944年だからWGIPの起源ではないというものである。
WGIPを領導したフェラーズやダイクは日本兵に対する心理戦について、野坂や中国共産党から学ぶ立場にはなく、「心理戦」の起源はアメリカの有名な政治学者のハロルド・ ラスウェルの『世界大戦におけるプロパガンダ・テクニック』や『心理戦』にあったと主張している。
特に『心理戦』は、第二次世界大戦で実践された⑴ホワイト・プロパガンダ(情報源を 明らかにし、自らに都合のいい事実を宣伝する)と⑵ブラック・プロパガンダ(情報源を明らかにせず、大抵は虚偽の宣伝を行う)を使い分けながら敵を「思想戦」で打ち負かし、その心を支配する「心理戦」の要点を説明したもので、陸軍、海軍、OWI(戦時情報局)、OSS(戦略諜報局)に心理戦担当部局が作られ、アメリカの研究者・専門家たちが大量に動員された。
有馬はWGIPを単独のものとして捉えるのではなく、政治戦と心理戦との関係を重視して、「複合的に一体化したものと捉えるべき」と強調し、「そうしなければ、WGIPという
1つの広報プランだけで日本人を洗脳したという馬鹿げた陰謀論にとらわれることになってしまいます」と述べているが、重要な視点といえよう。
⑴を担当したOWIと⑵を担当したOSSの連絡係を務めたジョン・ローリング・リース(英陸軍心理戦争局を設立した司令官)は、サセックス大学の中に、世界最大の洗脳施設を つくるように命じられ、心理戦の洗脳工作法を開発した。
タヴィストック研究所の最高幹部の一人で、「社会心理学の父」と言われたクルト・レ ヴィンの「位相心理学」の手法(正常な人間心理・精神を狂気たらしめる状況の中に置く 洗脳方法)を伝授する手助けをした中心メンバーが、マーガレット・ミードとルース・ベネディクト、ラスウェル、リースらであった。
彼らは、どういう心理戦の方法を用いたら、もっと効果的に敵の抵抗精神を弱めることができるかという、精神的武装解除のための心理戦の研究に取り組んだ。
この心理戦研究が対日心理戦略の土台となり、ミードとレヴィンを媒介として、ラス ウェル・ベネディクトらとゴーラーがこの研究会でつながった。そして、対日占領政策の起点となった米政府のCOI(情報調整局)が立案した「日本計画」に最大の影響を与えたのが、英社会人類学者のジェフリー・ゴーラ―の論文「日本人の性格構造とプロパガンダ」 であった。
ラスウェルは英タヴィストック研究所で、敵国地方紙を解析するプロファイリング(同 研究所の作戦用語で、長期的世界戦略遂行の立場から、個人、集団を格付けする作業) の専門家として深く関わり、ゴーラー論文に決定的影響を与えたことが、英サセックス大学所蔵のゴーラー文書によって判明している。
ラスウェルはレヴィンの心理戦研究会で、米戦時情報局(OWI)の外国人戦意分析課の責任者であった英社会人類学者のゴーラーとその後任に彼から指名されたベネディクト らと交流があったことや、そのことを立証するゴーラー文書、ベネディクト文書や、GHQ 民間情報教育局でWGIPを陣頭指揮したブラッドフォード・スミス文書には有馬教授は言及していないが、これらの文書も含めた包括的なWGIP研究が今後の課題といえよう。
有馬氏がWGIPの源流として重視したフェラーズは、1942年7月にOSSに配属され、1943年に南西太平洋地域総司令部参謀第5部長となり、1944年6月に同陸軍に新設され た心理作戦部(PWB)の部長として対日心理作戦を主導し、1945年6月、米太平洋陸軍のマッカーサー司令官の軍事秘書官に任命され、対日心理作戦のプロたちをCIE(ダイク局長)の幹部に登用し、対日心理戦略をCIE に引き継ぐ歴史的役割を果たした。
一方、CIE企画作戦課長として「太平洋戦争史」を編纂し、WGIPを陣頭指揮したブラッドフォード・スミスは、1942年からOWIの対日心理作戦を担当し、同年3月に「日本精神」、 4月に「日本-美と獣」という論文を発表し、同年6月に創設されたOWIの中部太平洋作戦本部長に任命され、90人の専門家たちを率いて、対日心理作戦を陣頭指揮し、1945年9 月にCIEに配属された。
このフェラーズとスミスに代表されるOSSとOWIの対日心理戦略の流れと、会議と研究を積み重ねて対日心理戦を共同で行う体制を作った英政治戦執行部(PWE)とOSSの関係や、1944年12月16・17日に40人を超える著名な専門家を集めてニューヨークで開催さ れた、太平洋問題調査会の「日本人の性格構造」分析会議をリードしたミードやゴーラーらが果たした歴史的役割、さらに彼らに決定的影響を与えたラスウェルとの影響関係な どを総合的、包括的に捉えて整理する必要があろう。
昨夏にニューヨークで開催されたアメリカの学会で、麗澤大学のジェーソン・モーガ ン准教授がWGIPについて研究発表し、大きな反響があったが、今後、有馬教授らとの共同研究を積み重ね、WGIPの包括的研究の成果を世に問いたい。
(新潮新書、2020年)
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