日本轻易放弃个人及其生活

日本轻易放弃个人及其生活
2021 年 6 月 20 日 S/JAPAN S.A.N.
在瓜达尔卡纳尔岛战役中,日军总兵力 31 400 人中有 20 800 人阵亡。事实上,三分之二的日军阵亡。另一方面,美军约有 1 000 人。这是日军的 1/20。然而,尽管伤亡人数相差如此之大,这场战役本身却绝不是一场压倒性的失败。
一份美国战争日记对此总结如下。'有些战役的比分差距很小,敌人的几次地面进攻几乎成功,失败本可以以微小的差距转败为胜,尽管盟军在海上占据绝对优势,但美军仍有可能失去他们的机场。他说,美军以微弱优势赢得了致命的瓜达尔卡纳尔岛战役。
那么,为什么日军会以微弱优势惨败呢? 
早先的公关得出的结论是:"如果敌军的健康状况良好",也就是说,如果日军没有照顾好士兵的健康,那么胜负就在一念之间。

美军伤病员不是被送往丛林,而是被送往后方完善的野战医院,在那里他们得到了休息和适当的治疗,并在条件允许时被迅速送回。而日本伤病员则只能躺在棕榈叶小屋的地毯上或地上。由于他们不愿意晚上到掩体里上厕所,他们的粪便就堆在离地席很近的地方,下雨时,粪便就流到离掩体很近的地方。奎宁和其他药品大幅减少,由于缺乏盐水,生病的士兵有时只能用椰奶代替注射。
日军的医疗系统为何如此糟糕?
(1)军事优先,军医无权过问;
(2)缺钱导致注重短期作战,忽视后勤保障,进而导致忽视医疗;
(3)不尊重个人,病人只被视为军事行动的障碍,不考虑他们接受治疗后能否恢复和再次作战。
上层片面要求士兵忍受痛苦--"无私"--导致士兵的精神和体力丧失,进而导致战斗力下降。
日本有句老话:饿着肚子打不了仗。如果他们受伤、发烧、痛苦不堪,士气就会丧失殆尽。
在没有钱、无法派出援军或补给、只能靠精神力量的情况下发动战争,似乎并没有提高前线士兵的士气。
作者一之濑指出,"我们应该经常自我检讨,当今的日本社会在多大程度上背离了过去那种肆无忌惮地抛弃个人和生命的态度"。如果我们看一看奥运会爆炸事件中的日冕灾难,就会感到自我反省仍然遥遥无期。


個人とその生命を安易に見捨てる日本
2021年6月20日 在日本审核
ガダルカナル島の戦闘で、日本軍総兵力3万1400中2万800が戦闘損耗。実に総兵力の2/3が犠牲となった。他方米軍は約1000名。日本軍の1/20だった。しかしこの犠牲者の大きな差程には、戦闘そのものは決して圧倒的敗北ではなかった。
米軍の戦訓広報誌が次のように総括している。「いくつかの戦闘の得点差はわずか、敵の若干の地上総攻撃は成功しかけたし、失敗はわずかな違いで成功に転じ得たし、連合軍の絶対的な海上優勢にも関わらず米軍は飛行場を失っていたかもしれない」と。ガダルカナル島の死闘は、僅差で米軍の勝ちになった、というのだ。
では日本軍が、僅差の敗北を喫したのはなぜなのか? 
先の広報誌は、「敵軍が健康状態を良好に保てていれば」-つまり日本軍が、兵士の健康に配慮しなかったことが勝敗を分けた、と結論している。

米軍傷病兵はジャングルではなく、後方のよく整備された野戦病院に送られ、休息と適切な治療を受け、状況が許せば速やかに後送された。他方日本の傷病兵は、ヤシの葉ぶきの小屋の敷物か地面に寝かせられる。夜間壕内のトイレに行きたがらなかったため、排泄物がしきものあのすぐ近くに積み重ねられ、雨が降ると壕のすぐ近くまで流れてきた。キニーネその他の薬は激減、病兵は食塩水不足のため代わりにココナツミルクを注射されたことも。
何故日本軍の医療体制は貧弱だったのか?
①軍事優先で軍医の発言力は無かった、②金がない為、短期決戦志向となり兵站補給軽視、ひいては医療軽視となった、③個人を尊重しない、患者は軍事作戦の妨げとしか見ない、治療を施せばやがて再起し戦えるのに何の考慮も払われない等など。
上からの一方的な苦痛への我慢-"滅私"の要求は、結果的に兵士たちの精神力と体力を失わせ、戦力ダウンとなって跳ね返った。
腹が減っては戦が出来ない、とは日本古来かの格言だ。まして負傷したまま、熱に浮かされたまま、苦しんでいるまま放置されるなら、士気は無くなる。
金が無いにも関わらず戦い始め、援軍も補給も送れず、精神力だけを吹き込んでも、前線の兵士の士気向上にはならなかったようだ。
筆者の一ノ瀬氏は、「個人とその生命を安易に見捨てた過去の姿勢を、現代ではの日本社会がどこまで脱却できているかは、常に自省されるべきだろう」と述べている。コロナ禍の五輪開催爆進を見るなら、自省はまだ道半ばと感じる。

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