认识到 "自愿奴役 "的民族特性是防止战争的第一步

认识到 "自愿奴役 "的民族特性是防止战争的第一步
「自発的隷従」の国民性を自覚することが、戦争防止への第一歩ではないか

2016 年 1 月 5 日,日本南部
战败后的第 70 个年头(2015 年)已经过去。从明治初年到战败结束的78年间(1868-1945),从内战(西南战争)到对外战争(中日战争、日俄战争、中日战争、日美战争等),几乎战事不断。有鉴于此,战后 70 年的和平甚至像是一个奇迹。随着战争幸存者年龄的增长,直接聆听他们的故事变得越来越困难,因此从大量战争经历的叙述中汲取经验非常重要。本书于 1987 年首次出版,是较早将战争回忆录作为学术研究主题进行分析的书籍之一。近期关于从战争回忆录中学习历史的其他书籍包括细坂正康(Hosaka Masayasu)的《战争经历:沉默的记录》(筑摩书房,2015 年)。

亚太战争造成 230 万日本军人和平民死亡,80 万日本平民在空袭等行动中丧生,总计 310 万人,亚太地区死亡总人数达 2000 万,是一场巨大的悲剧。本书分析了在这样一个战争年代,人们是如何生活、参与战争以及怀着怎样的心情战斗的。正如作者在后记中所说,当他在 20 世纪 70 年代开始研究时,大多数历史学家都不愿深入了解人民的意识。作者与作者有同样的愿望,即研究人民的参战意识而非战争领导人的参战意识,其意义在于帮助日本 "自我审视 "整个国家为何参战,而这正是战后日本所缺乏的。

书中没有定义 "法西斯主义 "或 "帝国法西斯主义"。在这里,我们假定它是指从昭和初期到亚太战争战败前的政治和社会制度,包括军国主义、伟大的爱国运动、否定政党政治、镇压反战运动、控制大众传媒和国家动员制度,所有这些都以天皇为最高统治者。在这个时代,人民几乎别无选择,只能服从多数。在本书引用的许多战争描述中,有许多人一边 "为国 "参战,一边为家庭和家族企业操心。然而,一旦他们被投入 "要么杀人,要么被杀 "的疯狂战场,他们不仅实施了战斗行为,还对手无寸铁的民众实施了酷刑、强奸、屠杀和抢劫。这些生动的记忆都记录在战争日记和战场书信中。拍摄地点不仅包括中国大陆,还包括印度尼西亚、缅甸和菲律宾等多个亚洲国家。从他们的战场经历中,许多士兵认识到了战争领导人所信奉的 "大东亚共荣圈 "的虚假性。

战前帝国主义法西斯主义的教训是什么?评论家认为,必须认识到日本人根深蒂固的 "自愿奴役"(la boeche)的民族特性。日本人的 "服从"、"顺从 "等美德也与日本人不畏强权、甘愿 "长草打滚 "的性格密不可分。战争结束 70 年后,出现了一个计划再次利用日本人民这一特性的政权。虽然表面上与战前时期有所不同,但目前的政治和社会状况应被视为法西斯主义,因为该政权正试图无视人民的意愿,将自己的意志强加于人。在此背景下,对教育和媒体等最贴近人民的机制的控制被公开化,《安全法》和集体自卫权的行使被批准,这是对宪政的蔑视。本书详述的战争故事向我们传达的信息是,一旦一个社会成为法西斯主义社会,人民就极难反抗,就会不顾自己的意愿被卷入战争或与战争勾结。预防战争的第一步,就是要认识到日本人易受法西斯主义影响的 "自愿奴役 "的国民性,关注当前的政治和社会形势,并在仍有可能阻止战争时大声疾呼。

「自発的隷従」の国民性を自覚することが、戦争防止への第一歩ではないか
2016年1月5日 在日本审核
敗戦後70年目の年(2015年)が終わった。明治初年から敗戦まで(1868-1945年)の78年間は、内戦(西南戦争)から対外戦争(日清・日露・日中・日米など)まで、ほとんど戦争が絶えなかった。このことを考えると、戦後の平和な70年間は奇跡にすら思えてくる。戦争体験者が高齢化し、直接体験談を聴くことが困難になっている現在、夥しい数の戦争体験記から学ぶことが重要になっている。本書の初刊は1987年であり、戦争体験記を学術的な研究対象として分析した比較的初期の本である。なお戦争体験記から歴史を学ぶ本として最近は、保阪正康著『戦場体験者-沈黙の記録』(筑摩書房、2015年刊)なども刊行されている。

アジア太平洋戦争がもたらしたのは、日本人の軍人・軍属の死者数230万人、国内の一般市民の空襲等による死者数80万人、合計310万人であり、アジア・太平洋地域での合計死者数2000万人という途方もない悲劇であった。本書は、このような戦時を民衆がどのように生き、戦争に参加し、どのような思いで戦ってきたかを分析している。「あとがき」で著者が述壊しているように、研究を開始した1970年代には、歴史学者の多くは民衆の意識に踏み込んだ研究には否定的だったという。戦争指導者の研究ではなく、民衆の戦争参加意識を研究することの意義について、日本の戦後に欠けている、「なぜ国中が戦争に向かったのか」についての「自己検証」に役立てるため、という著者の志に共感する。

本書では、「ファシズム」や「天皇制ファシズム」についての定義はされていない。ここでは、昭和初期からアジア太平洋大戦敗戦までの、天皇をトップに頂いた、軍国主義・大政翼賛運動・政党政治の否定・反戦運動弾圧・マスコミ支配・国家総動員体制などの政治社会体制を意味するものと考えておく。このような時代、民衆には大勢に従う以外の選択肢は実際上無かった。本書に引用されている多くの戦争体験記には、家族や家業のことを心配しつつ、「国のため」出征していく多くの民衆が登場する。しかし彼らも一旦戦場の「殺さなければ殺される」狂気の中に放り込まれると、戦闘行為だけでなく、無抵抗の住民の拷問・強姦・虐殺・略奪を行うようになる。これらの生々しい記憶が戦記や戦場からの手紙に記されている。場所は、中国本土だけでなく、インドネシア・ビルマ・フィリピンなど広範囲なアジア諸国に及ぶ。兵士たちの多くは戦場体験の中から、戦争指導者が唱える「大東亜共栄圏」の虚妄さを悟っていく。

戦前の天皇制ファシズムの教訓は何か。評者は、日本人に根強い「自発的隷従」(ラ・ボエシ)の国民性を自覚することが重要ではないかと考える。「素直」「従順」などといった日本人の「美徳」も、「長いものには巻かれろ」という権力に弱い性質と裏腹の関係にある。戦後70年を経て、日本人のこの特性を再び悪用しようと企む政権が生まれた。戦前と表面的には異なるが、現在進行中の政治社会状況は、民意を無視して政権の意思を通そうとしている点でファシズム的と考えるべきである。このような背景の中で、教育、マスコミなど国民の最も身近な仕組みの統制が公然と進められ、立憲主義を無視した安保法制や集団的自衛権の行使が承認された。本書が詳しく紹介した戦争体験記がわれわれに伝えるメッセージは、一旦社会がファシズム化されると民衆の抵抗は極めて困難であり、本人の意思に関わらず戦争あるいはその協力活動に駆り出されるということである。ファシズムに弱いという日本人の「自発的隷従」の国民性を自覚し、現在の政治社会情勢をウォッチし、まだ歯止めが効くときに声を上げることが、戦争防止への第一歩ではないか。

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