最后一位陸軍大臣应对战败,而战败只能由他自己的刀刃来遏制
最后一位陸軍大臣应对战败,而战败只能由他自己的刀刃来遏制
2010 年 1 月 12 日,《财一本刊评论
在甲午战争和日俄战争中,日本政府都深刻认识到与西方列强相比自己的不足,因此在战争开始前就寻求和平之路。另一方面,在太平洋战争中,那些对世界局势了如指掌、能够计算出和平时机的政治家和军事家们,却被 "软弱外交 "的指责和恐怖主义的压力挤出了政治权力中心。即使是拥有《帝国宪法》巨大权威的昭和天皇,尽管他非常重视与英国和美国的和解,也受到了亲德外交的倚重,并被关东军拖向了战争的爆发,关东军无视他的指挥权威,并被中国吞并。中途岛海战失败后,海军也失去了制空权和制海权,但它并没有如实地告诉人民它已经输掉了战争,而且后来所有通过决战挽回颓势的尝试都以失败告终。 帝国总部的军官们对前线和战争前线一无所知,却高喊着要在本土进行决战。政治家们沉浸在维护国家民族的讨论中,无法做出政治决策。即使他只是约束军队,也极有可能被强硬派和狂热的民族主义者所杀,他的努力也将付之东流,因此他被任命为铃木贯太郎内阁的国土大臣,该内阁也被视为应对战败的内阁。要想成为失去现实决策能力的军队的监护人,就必须有一个人能够说服军队在战败时无条件投降,同时保持战争的继续以示支持。正在战场上作战的阿南将军被任命为战争部长,并扮演了这个走钢丝的角色。 他已经知道,他向这支狡诈的军队提供的是自己的生命。
自刃によってのみ収めきれた敗戦処理の最後の陸軍大臣
2010年1月12日在日本評論
日清・日露の両戦争ともに、日本の政府は欧米諸国に比較して自らの非力を深く自覚していたので、戦争を開始する前から講和の道を探っていた。一方、太平洋戦争では世界の情勢を熟知し、講和のタイミングを計算できる政治家、軍人は、「弱腰外交」との非難の圧力、テロの圧力に政治権力の中枢から押し出されてしまった。帝国憲法の大権をもつ昭和天皇ですら、英米との親和を重要視していたにもかかわらず、親独派外交の独走に寄り切られ、統帥権を無視して中国にのめりこんでいく関東軍に開戦に向けて引きずられていってしまう。海軍もミッドウェイ海戦での敗戦により、制空権、制海権を失ったにもかかわらず、敗戦の事実を国民に正直に伝えらず、その後の決戦による挽回もすべて空振りに終わったことを転進という嘘の言葉でいいくるめ、講和のタイミングをつかめないままずるずると引き下がっていく。 戦争の前線、現場を知らない大本営の軍人が本土決戦を叫ぶ。国体維持の議論に足をすくわれて、政治的判断が下せなくなった政治家。ただ軍部を抑えても強硬派、狂信的国粋主義者に殺されて努力が無に帰する可能性が高いなかで、敗戦処理内閣とも目された鈴木貫太郎内閣の陸相に任命される。現実的判断能力を失った軍隊のしんがりを務めるためには、戦争継続を表看板にしながら、無条件降伏の敗戦を軍隊に納得させる腹芸のできる人物が必要である。現場で戦っていた阿南大将は、陸相に任命されその綱渡りの役をこなした。 だました軍隊に差し出すものは自分の命であることはもうわかっていたのだ。
自刃によってのみ収めきれた敗戦処理の最後の陸軍大臣
2010年1月12日在日本評論
日清・日露の両戦争ともに、日本の政府は欧米諸国に比較して自らの非力を深く自覚していたので、戦争を開始する前から講和の道を探っていた。一方、太平洋戦争では世界の情勢を熟知し、講和のタイミングを計算できる政治家、軍人は、「弱腰外交」との非難の圧力、テロの圧力に政治権力の中枢から押し出されてしまった。帝国憲法の大権をもつ昭和天皇ですら、英米との親和を重要視していたにもかかわらず、親独派外交の独走に寄り切られ、統帥権を無視して中国にのめりこんでいく関東軍に開戦に向けて引きずられていってしまう。海軍もミッドウェイ海戦での敗戦により、制空権、制海権を失ったにもかかわらず、敗戦の事実を国民に正直に伝えらず、その後の決戦による挽回もすべて空振りに終わったことを転進という嘘の言葉でいいくるめ、講和のタイミングをつかめないままずるずると引き下がっていく。 戦争の前線、現場を知らない大本営の軍人が本土決戦を叫ぶ。国体維持の議論に足をすくわれて、政治的判断が下せなくなった政治家。ただ軍部を抑えても強硬派、狂信的国粋主義者に殺されて努力が無に帰する可能性が高いなかで、敗戦処理内閣とも目された鈴木貫太郎内閣の陸相に任命される。現実的判断能力を失った軍隊のしんがりを務めるためには、戦争継続を表看板にしながら、無条件降伏の敗戦を軍隊に納得させる腹芸のできる人物が必要である。現場で戦っていた阿南大将は、陸相に任命されその綱渡りの役をこなした。 だました軍隊に差し出すものは自分の命であることはもうわかっていたのだ。
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