[片山杜秀]的未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命―(新潮選書)片山杜秀未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命―(新潮選書

'这还不算太糟。'--Ryotaro Shiba,出自大正出身的'Nenroi'(大正时代的老人)('那'旁有标记)。
2023 年 7 月 30 日 大正时代老人
生于大正时代的人是一位伟人。作者以论述精辟、视角新颖、分析大胆、文笔扣人心弦而深受读者喜爱,但有时其笃定的语气令人不安。作者的行文风格应仅限于"~是不是?"、"~是认为"、"~似乎是",最多是"~一定是"、"~应该是"、"~必须是",但使用"~是 "就值得商榷了!经常提出疑问。

 这本书的观点和方法也极为有趣,其论据也很有说服力,常常让人点头称是,但同时也不乏有些观点显得有些跳跃,缺乏实证。如斯坦利-库布里克(Stanley Kubrick)的《突袭》等电影中描绘的那样,正是日俄战争中 "对日本侵略精神的崇拜 "导致了第一次世界大战中 "法国军队的超男子气概",以及 "欧洲列强以日俄战争中的日本军队为蓝本作战 "的理论,往往会引起误解,因为法国军官的言论和其他证据都被引为佐证。然而,如果以开放的心态阅读,其中关于日本的内容是根据日本陆军参谋本部出版的 "欧洲战争丛书 "第 5 卷《Sekai Taisen No Tactical Observations》(1926 年 3 月,Kaiyosha)总结而成的。不能排除大浦不过是一个国家的骄傲,有自己的观点和战线观点,哪怕只是略微有一点,而这正是法国以及当时的德国和俄国(作者声称它们曾以我军为榜样)明确点名指出并说 "跟着日本人走 "的地方!(上,第 80-87 页)。在前一章介绍库罗帕特金(和托尔斯泰)的叙述中,作者对我军在日俄战争中 "积极的精神主义战斗方法 "和 "旺盛的精神力量和不惜一切的突击 "充满了赞叹,但这是为了对比我军在一战青岛战役中机械化战术的显著进步。这应该是为了与一战青岛战役中在机械化战术方面取得显著进步的我军形成对比。作者的目的可能是为了给人留下一种印象,以强化上述日本模式的理论,但即便如此,作为在俄罗斯,或者说在苏联和其他国家重新转换现代军事思想的论据之一,它仍然显得有些薄弱。我认为,作为俄罗斯--或者说苏联--和其他国家重新改造现代军事思想的论据之一,这一点仍然有些软弱无力(上文,第 69-70 页)。我个人认为,欧洲战争的灾难性局面是由于必须动员全体人民来打一场世界历史上从未有过的大规模战争,因此整个前线无法立即获得现代武器(1914 年开始的第一次世界大战于 1916 年出现了第一批坦克;1917 年开始的第二次世界大战没有使用第一批坦克)、第一批坦克出现在 1914 年开始的第一次世界大战中(第一批坦克出现在 1916 年,直到 1917 年才取得了一定的战果),因此他们不得不 "暂时 "和 "暂时 "依靠人力战术......我想就是这个意思。

 '活要见人,死要见尸'的'战训'形成的历史固然有趣,但它在多大程度上界定和规范了军队的总体心态和思维方式,却有各种说法*。在一篇题为《历史与观点--我的杂记》(发表于《新潮文库》、《历史与观点--我的杂记》等)的文章中,前皇军关东军预备役军官(少尉)芝写道:"我怀疑它是否严重到通过约束士兵的道德和意识最终产生了像横井先生这样的人"。军学会是独立于这种出版物而存在的","我从未见过它被用作教材","它甚至没有被用作士官生考试的试题材料(省略)","倒是报纸把它当作新闻大肆报道","这是媒体的小题大做",等等,都被一一否定,没有丝毫微词。当然,这本书的目的在于 "无有之国 "的军事领导人的苦恼是如何表现出来的,他们为什么要以法西斯主义为目标,又为什么没有实现,但 "没有任何其他文本像'战斗教科书'一样,如此广泛地萦绕在日本人民的心头","军队中的'战斗教科书'受到了彻底的教育,普通民众也受到了彻底的教育。在日美战争时期,"战地训诫 "对日本人的生死观产生了决定性的影响,"战地训诫 "是 "行军训诫 "和 "行军训诫 "的基础。如果说《战场戒律》对日美战争时期日本人的生死观产生了决定性的影响,击退了 "行草 "和 "神风"(上,第 261 页和第 276 页)等,那么在这本文风平和的书中,只有关于《战场戒律》的这一部分带有激情澎湃的谴责语气,仿佛作者在被父母攻击,可以说有些离题。这与芝冷静、真实的战争描述之间的极度落差令人担忧。当时的实际情况是,"战争的教训 "本身并没有得到广泛传播,只有 "Ikiru kawajino-no~"(活着,做战俘)一词开始自立门户,因其好听的口吻而被不断重复,并成为战后 "ampohantai "之类的 "流行语",或者更确切地说,"kanja wa kami desu desu"(顾客就是上帝)之类的口号。它可能只是一个 "流行语 "**,其 "受欢迎程度 "可能因地区和单位而异。本书与芝的著作之间的矛盾和温度差异可能表明了战争这一巨大现象的多面性和多维性,但如果我们忽略这一点,按照本书的论点,即毫不犹豫地指出阿茨岛的毁灭是"'战训'教义的实施"(第 280 页),那么 "战训 "就是万恶之源,是导致军队战败的原因。(首先,"战课 "一词最早出现在日本萨摩内战末期的萨摩私塾党各军统帅中,但我在本书中似乎没有找到相关解释)。在上述文章中,芝告诫人们不要 "想把因果关系说清楚的历史描述"--这是典型的唯物史观--这样做往往会造成问题,比如 "那本一分钱的小册子突然增加了历史分量,评价它就像笼罩在昭和后期十年的巨大乌云"。--这本书的作者有时让评论者觉得有些危险,他在某些地方似乎遵循了这一思路。

    **秦郁彦,《日本战俘:从白村河到西伯利亚拘留所》(原书房,中古文库)等。

    **对 "五行拳 "的过度 "保护"、禁止使用英语和竹枪训练等被不断提起,仿佛象征着战前和战时的黑暗时代,但这些都只是 "时尚",并非由国家主导或发起。

 作者还想知道,这种大胆、自信的语气在如今的作家中并不少见,这是否是外语,尤其是英语影响日益扩大的标志,而不是思想禁锢的下降。人是一根会思考的芦苇!如果你不善良,你就不配活着!"在原著和译著中,不管是原著还是译成日文的作品,作者的观点都带有教条主义的色彩,有时会让我百思不得其解,怀疑其是否属实。可以说,本书也有类似的感觉。

 以上的评论有些零散,但这正是我感兴趣的地方。作为一本精选书籍,这本书很厚,如果可能的话,最好能有一个索引。不过,尽管我提出了种种疑问,但总体而言,这是一本内涵丰富、一针见血的书,我觉得读到最后很有意思。与此相关,Ben-Ami Shillony 的《WARTIME》是这本侧重于官方意识形态的书的补充或姊妹篇,该书对 "未完成的法西斯 "国家的各个方面进行了更广泛、更具实证性和报告文学风格的描述。JAPAN Wartime Japan: A Jewish Emperor Scholar Looks at the Japanese Structure of Power without Dictatorship"(《战时日本:犹太天皇学者透视没有独裁统治的日本权力结构》)(May Shobo)。如果您喜欢这本书,或者这本书有些不足,我也推荐这本书。

 有些人可能会担心这本书中没有讨论《军事敕令》和《教育敕令》,但这些敕令都是在明治时代制定的。前者是在旧宪法尚未颁布的早期阶段颁布的,是由战后处理内战引发的,而后者则是在宪法颁布后的第二年颁布的,这与本书的目的不符,因为本书涵盖的是第一次世界大战后的时期(这可能是本书某些部分缺乏口吻的原因)。至于前者的形成--"我是你们军人的大元帅"--我觉得松本清张的《符号的设计》(《文殊文库》等)是一本有趣的小说形式的读物。

##$$$

「あれはそれほどでもなかったよ」―司馬遼太郎『大正生れの「故老」』より(「あれ」には傍点)
2023年7月30日 在日本审核
.博覧強記な上に斬新な視点と大胆な分析、グイグイ読ませる文章で人気の著者だが、時にその断定調が気にならないこともない。「~ではないでしょうか」「~と思われます」「~のようです」、せいぜいが「~に違いありません」「~のはずです」「きっと~でしょう」に抑えるべきところ、「~なのです!」を連発するのに疑問が浮かぶことが屡々。

 本書も、着眼点やアプローチには極めて興味深いものがあり、論旨も説得力豊かでうなずけるところ多々なのだが、同時にいささか飛躍気味、実証性に欠けるのではと引っかかる箇所がなきにしもあらず。スタンリー・キューブリック『突撃』などでも描かれた、第一次大戦に於ける「フランス陸軍の超肉弾主義」を招いたのは日露戦争での「日本的攻撃精神に対する憧憬」、「欧州列強は日露戦争の日本軍をモデルに戦っていたらしい」との説は、フランス軍将校の言などが傍証として引用されるため錯覚しがちだが、虚心に読めば、日本云々は我が国陸軍参謀本部刊『欧洲戦争叢書』第5巻『世界大戦ノ戦術的観察』(大正15年3月 偕行社)による総括。オラが国自慢の独り合点・手前ミソに過ぎない可能性は僅かながら排除出来ず、ここはフランス、それにやはり我が軍を手本にしたと著者が主張する当時のドイツやロシアの側がハッキリ名指しで「日本に倣え!」とした文献・史料を―もしあれば―示して欲しかったところ(以上、p.80-87)。先立つ章に於いて、日露戦時の我が軍の「強引な精神主義的戦闘法」「旺盛な精神力と捨て身の突撃」に感嘆しきりのクロパトキン(と、孫引きの形でトルストイ)の記を紹介してはいるものの、こちらは第一次大戦での青島攻略戦で機械化戦術に格段の進捗を見せた我が軍と対照させるため、のはず。上記の日本モデル説を補強するために著者があらかじめ印象操作を狙ったフシがないではないが、もしそうだとしても、ロシア―と云うかソ連―その他各国の近代的軍事思想を再転換させた論拠の一つとしては、やはりちょっと弱いように思う(以上、p.69-70)。個人的には、かの欧州大戦の悲惨な状況は、世界史上嘗てなかった規模の戦争には国民総動員の態勢で臨む他なく、従ってせっかくの近代兵器もとてもじゃないがすぐとは全線に行き亘らずで(1914年に始まった第一次大戦に戦車が初登場したのは’16年、実際に或る程度の戦果を挙げたのは翌’17年)、「差し当たり」「取り敢えず」の人海戦術に頼る仕儀と相成った…と云うことなのではないかと思うのだが。

 「生きて虜囚の辱を受けず」の『戦陣訓』成立史も確かに興味深いが、あれが軍人一般のメンタリティや思考法をどれほど規定・規制したかについては諸説あり*、評者にはレビュー表題に掲げたエッセイ(新潮文庫『歴史と視点―私の雑記帖―』などに所収)で司馬―旧・帝国陸軍関東軍予備将校(少尉)―が「兵士たちのモラルや意識を拘束してついに横井氏のようなひとを出してしまったというほど重いものだったかどうかは、疑問である」「そういう刊行物とは無関係に軍隊社会は存在していた」「教材につかわれている現場を見たことがない」「幹部候補生試験などでも(中略)テスト材料にもなっていなかった」「ニュースとしてやかましく書き立てたのはむしろ新聞」「マスコミのから騒ぎ」などとニベもなく斬り捨てていたのが印象深く、もちろん本書の趣旨は、「持たざる国」の軍指導者達の苦悩が如何なる形を採って表れたか・何故ファシズムを志向したのか・何故その達成に失敗したかにあるわけだが、「『戦陣訓』ほど(中略)広く日本国民を呪縛したテキストはありますまい」「軍内での『戦陣訓』教育は徹底して行われ、国民一般にもさかんに紹介されました」「戦争末期には『一億玉砕』が全国家的に叫ばれるようになりましたが、その精神的準備は『戦陣訓』によってなされたと言っても大袈裟ではないでしょう」「『戦陣訓』が日米戦争時代の日本人の死生観に決定的影響を及ぼして『玉砕』や『神風』の背中を押したとすれば」(以上、p.261&276)等々、全体にバランスの取れた筆致の本書中この『戦陣訓』のくだりだけは親のカタキに遭ったみたいに熱のこもった糾弾調で、いささか脱線気味と云っていいくらい。それだけに司馬のクールな実見談との極端なズレが気になる。おそらく当時の実態としては、『戦陣訓』そのものはさほどの普及を見ないまま、「生きて虜囚の~」の一句だけが専ら口調の良さからあちこちで繰り返されるうちに独り歩きを始め、戦後の「アンポハンタイ」、もっと云えば「お客様は神様です」などと同じスローガンめいた「流行語」**として機能していたに過ぎず、またその「流行」ぶりも地域や部隊によって濃淡があったのではないか。本書と司馬との矛盾や温度差から戦争と云う巨大な現象の入り組んだ多面性・多元性を語り起こすことも出来そうだが、そのあたりを見過ごしたまま、アッツ島の玉砕を「『戦陣訓』の教えを実行したのです」(p.280)と躊躇なく云い切る本書の論旨に従っていると、『戦陣訓』こそ諸悪の根源、敗戦の最大の原因と短絡的に解する読者も出てきそう(そもそも「玉砕」なる語の我が国初出は西南戦争末期、薩摩私学校党の諸隊順達なのだが、本書にはその説明は見当たらないような…読み落しならご容赦のほどを)。上記のエッセイで司馬が警戒したのが「あのへんぺんたる小冊子がにわかに史的重量を増し、昭和十年代末期を覆っていた巨大な黒雲のように評価され」るが如きイビツな事態を招きがちな「原因と結果を明快にしたがる歴史的記述」―唯物史観に典型的な―なのだが、評者が時に一抹の危うさを感じる本書の著者も、そのテツをところどころで踏んでいるような気がする。

    *秦郁彦『日本人捕虜- 白村江からシベリア抑留まで』(原書房、中公文庫)など。

    **戦前・戦中の暗黒時代を象徴するかのように飽かず持ち出される「御真影」の過剰「奉護」・英語の使用禁止・竹槍訓練、いずれもやはり単なる「流行」で、国家の指導・主導によるものではなかった。

 まあ、著者のみならず最近の物書きに少なくないこの思い切りのいい断言口調、知的抑制力の減退と云うより、外国語、特に英語表現の影響がより強くなってきた、その表れでもあるのか、と。「人間は考える葦である!」「優しくなければ生きる資格がない!」と云い切って「考える葦みたいなものだと思われる」「生きる資格がないのではないかと感じたりする」とは云わないのがアチラの言語文化で、原書、翻訳書を問わず、その独断的な論調に「ホントかね?」と当惑させられることがままある、それと似た感じが本書にもある、と云ってもいいのかも。

 以上、いささかトッ散らかったレビューだが、気になったのはそんなところ。選書にしては厚めなので、出来れば索引もあればよかった。ただ、疑問点ばかりを挙げてしまったけれど、全体としては中身の濃い、最後まで興味深く読めた当たり本の一つ。関連して、官製イデオロギーに視点を絞った本書の補足ないし姉妹編として、より広い範囲で「未完のファシズム」国家の諸相を―こちらはより実証的ないしルポルタージュ風に―描いたベン・アミー・シロニー『WARTIME JAPAN ウォータイム ジャパン:ユダヤ人天皇学者が見た独裁なき権力の日本的構造』(五月書房)を紹介しておく。本書が面白かったら、あるいはちょっと物足りなかったら、こっちもオススメ。

 なお、本書に『軍人勅諭』『教育勅語』についての論考がないのが気になる向きがあるかもしれないが、あれらは明治時代の産。前者は旧・憲法も公布されていない早い時期、西南戦争の戦後処理がきっかけとなって出されたもの、後者は憲法公布の翌年で、第一次大戦以後を対象とする本書の趣旨からは外れる(そのせいで舌足らずになった部分も本書にはあるのではないか)。前者―「朕󠄂は汝等軍人の大元帥なるぞ」―の成立については、小説では松本清張『象徴の設計』(文春文庫、その他)が面白く読めた。

留言

這個網誌中的熱門文章

北越故事:童年、從軍、戰場、戰後、晚年【平民眼中的戰爭:從香蕉湯到尿袋人生】

投稿:戰爭不是劇本:從香蕉湯到尿袋人生