日本战败后为什么没有失去对天皇的尊重?

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国民は、天皇陛下を戦争の責任者だとはまったく考えていなかったということです。

私は当事者(当時の国民)ではないのでわかりませんが、国民の一人ひとりが開戦の責任を我が事として引き受けていたのではないでしょうか。

A級・B級・C級すべての「戦犯」の名誉が国会決議によって法的に回復されていることを考えると東条英機をはじめとする責任ある地位にいた人たちでさえ日本国民は責任追及をしていません。そういう国民性が歴史によって培われてきたのでしょう。

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萩原 一さんのプロフィール写真

暇な複数の学者が煽ったからだとも言われています。

Miyakoda Takashiさんのプロフィール写真

無くなりました。ミッドウェー海戦で壊滅させられた時点で制海権を失った大日本帝国海軍は兵站を担う事が出来ず、民間漁船で細々と海外離島に物資を届けようとしましたが途中で沈没させられ、届いたとしても焼け石に水で本来はこの時点で降参です。ですが、昭和天皇は国体護持(天皇制維持)と一撃講和(敵に一撃与え講和に持ち込む)に拘り、降伏時期を見誤りました。GHQは天皇制を解体して混乱を招くより、利用した方が得策と考えてその責任のすべてを東条英機以下に持たそうとしました。東京裁判で東条英機が口を滑らせ、私は一度も陛下の決済を仰がないで政策を実行した事は無いと証言した際、裁判を中止して、その晩、証言を変えるように密使を贈り説得して全ての責任を東条英機に負わせました。戦後、直後は天皇は多くの人に天ちゃんと呼ばれ陰口は叩かれましたが、マッカーサーの陰に隠れて言い訳に徹して、その責任を問われることは有りませんでした。その後、自分が何処で間違ったのかを侍従長に語り続け、その独白メモが残されています。自分に責任が無いとの言い訳一色ですが責任が無かったとは思えません。

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