尽管战争形势日益恶化,但昭和天皇为何没有丝毫结束战争的想法? 他甚至说 "做得好"。结果,他被迫继续进行自杀式袭击,许多年轻人因此丧生。

尽管战争形势日益恶化,但昭和天皇为何没有丝毫结束战争的想法? 他甚至说 "做得好"。结果,他被迫继续进行自杀式袭击,许多年轻人因此丧生。
根据明治宪法,政治是按照国家法理(天皇作为国家机关的理论)运作的,决策主体是作为法人的国家,天皇只是其机关。昭和天皇也支持这一观点。然而,在昭和时期,迫于军方和右翼的压力,这一思想被否定,天皇成为决策机构。因此,天皇可以随心所欲地发动和结束战争。事实上,《波茨坦公告》最终被天皇下令接受。

然而,正如任何时期的任何国家一样,只要他说要结束战争,就会被那些坚持继续战争的人逼得在某处精神失常,他甚至可以把坚持继续战争的另一个皇室的新人推上皇位,所以他不能乱说话。而且他不知道如果无条件投降,他和皇室以后会有什么下场,所以就在他还在犹豫的时候,原子弹投下了,苏联背叛了他,加入了战争。

戦況が悪化しているにもかかわらず、なぜ昭和天皇は戦争を終わらせるという考えを微塵も持たなかったのか? よくやった」とまで言われた。その結果、特攻を続けることを余儀なくされ、多くの若者が命を落とした。
明治憲法下では国家法人説(天皇機関説)によって政治が運用されており、意思決定の主体は法人である国家で天皇はその機関にすぎませんでした。昭和天皇もこれを支持していました。ところが昭和になり軍部や右翼の圧力でこの考えが否定され、天皇が意思決定の主体になりました。だから戦争を始めることも終わらせることも天皇の意思でできました。事実、最後は聖断でポツダム宣言の受諾が決まっています。

ただどの国でもどの時代でもあることですが、戦争を終わらせると言ったとたんに継続を主張する輩により精神異常者としてどこかに押し込められたりして、戦争継続を主張する他の皇室の男性を新たに皇位につけることだってできるわけですから、うかつなことは言えません。そして本人も無条件降伏するとその後自分や皇室がどうなるかわからなかったのでグズグズしているうちに原爆が落とされソ連が裏切って参戦したという流れです。

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