飯田 進地獄の日本兵―ニューギニア戦線の真相―(新潮新書)

饿死的士兵远远多于射杀敌人的士兵,而死于饥饿的士兵更多。1942 年 11 月,盟军开始入侵日军驻扎的新几内亚岛。向西撤退的士兵在雨林中等待着他们,雨林被称为一个神奇的地方。疟疾屡屡爆发,山路上到处都是战友的尸体,饿得连蜘蛛都吃,当地人怨声载道,袭击不断,还有继续前进的命令。......。被遗弃前线的真相正在被描绘出来。

在 "今天的经济繁荣之上 "这句话中。
他写道,他深感愤慨。首相在追悼会上仍然使用这句话。我理解为什么遗属
我理解遗属们为什么会这么想。但我以为,政治家不应该使用这个词。
文中没有士兵英勇抗敌的画面,大多是士兵因粮食供应断绝而饿死、病死的画面。
他们中的大多数人死于饥饿和疾病,因为他们断绝了食物供应。我认为这就是战争的现实。
我认为,把他们美化成英雄甚至是对他们的亵渎。

敵と撃ち合って死ぬ兵士より、飢え死にした兵士の方が遥かに多かった――。昭和十七年十一月、日本軍が駐留するニューギニア島に連合軍の侵攻が開始される。西へ退却する兵士たちを待っていたのは、魔境と呼ばれる熱帯雨林だった。幾度となく発症するマラリア、友軍の死体が折り重なる山道、クモまで口にする飢餓、先住民の恨みと襲撃、そしてさらなる転進命令……。「見捨てられた戦線」の真実をいま描き出す。

上に今日の経済的繁栄がある」という言葉への
深い憤りを書いておられる。今でも慰霊祭で首相はこの言葉を使っておられる。遺族の方が
そう思いたい気持ちは分かる。しかし政治家がこの言葉を使ってはいけないと思いました。
本文の中に敵と勇敢に戦う兵士の姿はなく、あるのは食糧補給を断たれて餓死と病死で亡く
なっていった兵士の姿が大部分です。私はこれが戦争の実態だったのだろうと思います。
これを英霊として美化するのは、亡くなった方々への冒涜とすら思えます。

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