戰爭反省
Nelson, Alle
戦場で心が壊れて
井上 俊夫
従軍慰安婦だったあなたへ
初めて人を殺す
飯田 進
魂鎮への道―BC級戦犯が問い続ける戦争
飯田 進
地獄の日本兵―ニューギニア戦線の真相
普利策奖得主撰写的一本非虚构类巨著,探讨了 "未愈合的战争创伤 "的现实。由 Trees Uchida 推荐!
本书的主角是五名士兵及其家人。 其中一人已经阵亡,幸存者承受着沉重的心理压力。
他们的妻子很痛苦,说他们在参战前是好人,但回家后却变成了另外一个人。
他们在战争中到底发生了什么,是什么让他们变成了这样?
这是一部令人震惊的影片,在美国媒体上好评如潮,还入围了 2013 年美国国家影评人协会奖的决赛!
战争有时让士兵振作,有时却让他们坠入深渊。年轻士兵被迫在身心创伤中度过余生。
我们日本人对这些细节一无所知。有些人什么都不知道就想发动战争"。(内田树,推荐)
中國人對清末至今的革命戰爭反省
為何竟然只有統一
才能解決戰爭
中國已不再是以前的孤立文明
不再具有
天下分久必合 合久必分
的地緣位置
中國的地理位置已全球化
無法再關門打狗
台海分隔70年
反而讓中國和平70年
統派的革命戰爭創傷症候群
實在太嚴重了!
2011年2月10日发表于日本
作者曾是一名 BC 级战犯,他对自己过去在新几内亚岛上犯下的罪行进行了剖析,并总结了自己的疑问,即因经济快速增长而丧失伦理道德的日本应该从被称为第二次世界大战的战争中找到什么、学到什么。
作者认为,东京审判是战胜国盟军单方面的复仇审判,盟军决不能忘记自己对战争的责任,包括虐待战俘、空袭美军和原子弹爆炸。然而,这并不能免除日本在亚洲的所作所为。换言之,要求解放亚洲的 "大东亚共荣圈 "和 "五国合作协定 "只是日本的特权,将亚洲人民置于日本人之下。
此外,作者对在追悼会和其他活动中使用 "英勇无畏 "和 "我们国家的繁荣建立在他们牺牲的基础上 "等措辞表示怀疑。作者对这两句话持怀疑态度:士兵们因缺乏食物而饿死,或死于疟疾和其他疾病。他们在战斗中使用的武器也很少,结果全军覆没。作者认为,这不能被称为 "英勇无畏"。至于后者,他说,如果士兵们是为了今天的日本社会而牺牲,那么他们的死就毫无意义,因为今天的日本社会在经济上得到了恢复和发展,但却对他人失去了兴趣,人性堕落。该书还讨论了其他战后责任,如帝国总参谋部的责任以及朝鲜和韩国 BC 级战犯的主张。
本书是一部艰苦的著作,通过直面战争的愚昧--人类造成的愚昧--引出了 "作为日本人 "的责任及其伦理使命。
問い続ける古老
2011年2月10日に日本でレビュー済み
元BC級戦犯であった筆者がニューギニア島で犯した自らの過去の犯罪を抉り出し、第二次世界大戦という戦争から、高度経済成長で倫理を喪失した日本は何を見出して学んでいくべきか、その問いかけをまとめたものです。
筆者は東京裁判は勝者である連合国による一方的な復讐裁判であり、連合国による捕虜の虐待や米軍の空爆そして原爆などの戦争責任も忘れてはならないと説いています。しかしだからといって、日本がアジアで行ってきたことが免責されるわけではないとしています。つまり、アジアの解放を叫ぶ「大東亜共栄圏」や「五族協和」などはアジア諸民族を日本人より格下に設定した日本優位ものにすぎなかったとしています。
また、慰霊祭などで戦場で倒れた兵士を「勇戦敢闘」し、「その犠牲の上にのわが国の繁栄はある」などの類の言葉が飛び交いますが、筆者はこの二つの文句に懐疑的です。すなわち、兵士たちは食糧不足で餓死したりマラリアなど病死した。また武器がほとんどない中で戦闘し壊滅した。これではとても「勇戦敢闘」とは言えないとしています。後者に関しては、経済的に復興・発展した一方で、他人への関心を失い人間性が退化した今日の日本社会のために死んだとすれば、兵士たちの死は無意味ではないのか、と述べています。他にも大本営参謀の責任や韓国・朝鮮人BC級戦犯の訴えなどを取り上げ戦後責任について考察しています。
本書は「日本人であること」から生じる責任とその倫理的使命を、戦争という人間が引き起こした愚の産物と向き合って、導き出した労作です。
内容(来自 BOOK 数据库)。
在新几内亚前线的地狱般的经历是怎样的?他是在什么情况下犯下战争罪行的?这是前 B 级战犯(现年 86 岁)在从菅生监狱获释后仍坚持面对战争责任的罕见猜测。本书通过在残酷战场上惨遭杀害的士兵和因战争罪被审判后处决的乙级战犯的形象,从根本上重新审视了日本的战争、战争责任和战后责任。
作者简介(摘自本书作者简介)
饭田进
饭田进 1923 年出生于京都,1943 年作为民间海军资源调查团成员登陆新几内亚岛。战败后,作为战犯嫌疑人被荷兰军队拘留,后被判处 20 年苦役;1950 年被遣返回菅生监狱。现任社会福利公司 Shinseikai 和 Blue Bird 的董事长(此数据在本书出版时已公布)。
内容(「BOOK」データベースより)
ニューギニア戦線での地獄の体験とは何か。いかなる状況下で戦争犯罪を犯したのか。巣鴨刑務所出獄後も戦争責任を直視し続けてきた元BC級戦犯(現在八六歳)の稀有な思索。過酷な戦場で無残な最期をとげた兵士と戦犯裁判を経て処刑されたBC級戦犯の姿を通して、日本の戦争と戦争責任・戦後責任を根本から問い直す。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
飯田/進
1923(大正12)年京都府生まれ。43(昭和18)年、海軍民政府・資源調査隊員としてニューギニア島へ上陸。敗戦後オランダ軍に戦犯容疑者として拘引され、後に重労働二〇年の刑を受ける。50(昭和25)年にスガモ・プリズンに送還。現在、社会福祉法人「新生会」「青い鳥」の理事長を務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
我们必须接过沉重的接力棒
2010 年 3 月 12 日在日本发表的评论
我没有作为日本士兵参加南方战争的经历,在南方战争中,80% 以上的士兵死于饥饿或疾病。
虽然我觉得写书评不符合我的身份,但我还是冒昧地写了这本书,希望能有很多人读到它。首先,感谢您允许我写下以下内容。
只剩下十年了。几乎所有参加过那场战争的人都将离开这个世界。
一些前日本士兵瞒着家人将自己的经历带入坟墓,而另一些则在遗嘱中留下了自己的证词。
NHK 特别节目和其他节目显示,人们对讲述战争故事有很大的抵触情绪,因为这太痛苦了,他们觉得即使讲述了故事也不会被理解,他们宁愿亵渎死去的战友。
还有一种强烈的感觉是,告诉战死者家属他们到底是怎么死的太残酷了。
然而,他们无一例外地表示,他们从未忘记自己的战争经历,甚至一天也没有忘记,他们仍能清晰地回忆起战友最后的时刻。
价值观与过去不同。他们所处的社会和环境与今天大相径庭。只有经历过的人才能理解",这句话进一步鼓励了沉默。
然而,许多死而不言的前日本士兵为了不让自己的笔记和其他记录变质,小心谨慎地保存着它们。
不知从何时起,即使不被人理解,甚至无论如何努力也无法让人理解,他们也被传达自己前所未有的经历的冲动所驱使,有义务这样做,觉得不这样做太可悲了,自己的死实在是浪费时间。
其动机可能是一种超越个人层面的使命感、情感和本能。
本书揭示了 "英雄 "的说辞如何成功地掩盖了这样一个事实:太多的日本士兵甚至不被允许参战,而是被遗弃在战场上,死于饥饿和疾病,没有任何作为士兵甚至作为人的尊严,而造成这种情况的原因直到现在都被回避。这本书尖锐地直面了这个国家和人民的现状,他们直到今天都在回避正视战争的根源。
这本书不是关于BC级战犯的。它只是作者认识自我的一个舞台。
作者之所以写这本书,是因为他觉得自己对那些战死沙场的士兵有一种责任感,因为他坦白了自己曾经是一个深信 "大东亚共荣圈 "并积极支持和参与这场战争的东亚青年。
通过这本书,读者从作者手中接过了沉重的心灵抚慰棒。
这本书用一种老生常谈的方式,提出了这个国家在总结战争时不开明、不忌讳任何人的问题,导致了今天的局面。
这本书比同一作者的《地狱中的日本兵》(同样出色)更深刻、更厚重,无论立场如何,都应广泛阅读。
我还建议您阅读不同作者的另外两本书:《第一次杀人》和《心碎战场》。
这两本书和本书是我在过去五年中读过的唯一一本与战争有关的书,它们确实给了我很大的触动,应该广泛阅读。
最后,我衷心希望,尽管存在着难以想象的各种思想、冲突、痛苦和困惑,但在今后的十年里,你们将把许多接力棒交给前日本士兵。这样,我们就不会再犯错误。
我们会把接力棒好好传下去。
43 位客户认为此内容有用沒
重いバトンを引き継いでゆかねばならない
2010年3月12日に日本でレビュー済み
私は、あの戦争で、8割以上が餓死または戦病死した南方戦で、日本兵として戦った経験はもちろんない。
レビューを書くこともおこがましいと感じつつも、しかし、多くの人々にこの本を読んでいただきたく、筆をとった。まず断りをいただき、以下、書かせていただく。
あと僅かに10年。あの戦争で戦った人々のほぼ全てがこの世を去る。
体験を家族にも話さず墓場に持ってゆく元日本兵もいれば、遺言で証言を残してゆく元日本兵もいる。
NHK特集などを見ていると、あまりにつらく、また、話しても理解されないと思うため、むしろかえって死した戦友を冒涜してしまう、との思いから、あの戦争の話を伝えない、伝えることに大きな抵抗感がある、ということが伝わってくる。
戦死者の遺族に本当の死に様を伝えることは酷すぎるという思いも強い。
しかし、あの戦争の体験を、一日たりとも忘れたことはない、いまでもまざまざと戦友の最後をまぶたに思い浮かべることができる、と彼らは例外なく言う。
昔とは価値観も違う。生きていた社会も状況も、現在とはあまりにも違う。体験したものでなければわからない、という言葉がさらに沈黙を後押しする。
しかし、黙して語らず死んでいった元日本兵たちの多くは、過去を記録したメモなどを、劣化させないよう注意深く大切に保管していた。
それはどこかで、理解されなくとも、いや、どんなに努力しても理解させることができなくても、未曾有の経験を伝えたい、伝える義務がある、伝えなくてはあまりにも可愛そうではないか、本当の無駄死にではないか、との衝動に突き動かされてのことではないだろうか。
最早個人のレベルを超えた一つの使命感、感情、本能に突き動かされたからではないだろうか。
本書は、「英霊」いう美辞麗句が、あまりにも多くの日本兵が、戦うことさえ許されず、飢えと病気で、兵士としてはおろか人間としても何らの尊厳もなく、野垂れ死にさせられ打ち捨てられていった、という事実とその理由を見事に隠蔽し、あの戦争の根源に向き合うことを現在に至るまで回避してきた、というこの国、この国の人々のあり方を、鋭く突きつけてくる。
本書は、別段BC級戦犯を描いたものではない。それは筆者が自己を自覚するに至るあくまで舞台装置に過ぎない。
筆者は、一度は深く大東亜共栄圏なるものを信じ、あの戦争に積極的に賛成し加担した東亜青年であった、という事実を赤裸々に告白し、そして、そのことにより野垂れ死にした彼ら兵士たちに対して引き受けるべき責任感があるのだと感じ、本書を著したという。
本書により、読者は筆者から、魂鎮めの重いバトンを手渡されることになる。
月並みな言い方をすれば、この国は、虚心坦懐に、何者をもタブー視することもなく、あの戦争の総括をすること、をしないまま現在に至っている、そこにある問題とは何か、を本書は提示している。
同じ著者による「地獄の日本兵」(この本もすばらしい)以上に深く重い一冊であり、立場を問わず広く読まれるべき本であると思う。
あわせて、別の著者によるものであるが、「初めて人を殺す」、「戦場で心が壊れて」の2冊も読んでいただきたい。
本書とあわせ、ここ5年で読んだ戦争関連の本で、本当に大きく心を揺り動かされた、広く読んでいただきたい本である。
最後に、想像できないほどにさまざまな思いや葛藤、苦しみ、戸惑いなどがあると思いますが、元日本兵の方々に、今後10年の間に、多くのバトンを手渡して欲しい、と心から願います。私たちが再び誤りを犯さないように。
私たちは、そのバトンを必ずちゃんと引き継いでゆきますから。
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