假设美国向日本投下原子弹进行人体实验,但天皇说:“这是战争中不可避免的。” 那日本人不应该讨厌美国吗?为什么美国两次向日本投下原子弹,日本却不记仇?

以下、山岡 鉄秀さんのメルマガを転載したもので、『韓国は何故こうまでも反日なのか』を分析したものです。 ドイツを例にとってナチスに迎合したスウェーデンやオランダは戦後ずっとドイツを糾弾しつづけました。 しかるに徹底抗戦したソ連はドイツを恨んでない、つまり日本はアメリカに徹底抗戦したので同じ理由で親米なのかもしれません。
月刊Hanada2019年12月号に掲載された
「韓国よ、歴史の真実を学べ」という記事で
ルトワックさんが韓国の異常な反日感情について
興味深い分析をしています。
(記事は地政学者の奥山真司さんが
インタビューして構成したもの)
ルトワックさんは日韓関係は外交問題ではなく、
二国間交渉では解決できない、なぜならば、
韓国自身の問題だからだと喝破し、
その理由をドイツを例にとって説明します。
第二次世界大戦終了までに、
ドイツに殺害されたロシア人は
2000万人を超えましたが、
戦後70数年を経て、
ロシアでは反ドイツ感情は
消失しているそうです。
その理由は、
ロシア人はドイツと戦い通したから。
さらに、ヨーロッパで、
反ドイツ感情が消えているのは
次のような国々だそうです。
フランス:
遅かったが、一応ドイツに抵抗する
レジスタンス活動があった。
ベルギー:
巧みな抵抗でドイツが作った
秩序を崩壊させた。
デンマーク:
国民レベルで非常に効果的に抵抗した。
ノルウェー:
レジスタンス部隊が占領に来た
ドイツを攻撃した。
一方、戦後も長々と反ドイツ感情を
持ち続けた国々は?
オランダ:
ドイツに抵抗せず、服従し、大々的に協力した。
オランダ警察はオランダ国内の
ユダヤ人を逮捕した。
ベルギーに逃げたユダヤ人はかくまわれたが、
オランダに逃げたユダヤ人は逮捕されて殺された
(例;アンネ・フランク)
スウェーデン:
莫大な量の鉄鉱石をドイツに売却し、
それがナチスの銃や戦車になった。
兄弟国のノルウェーがドイツに占領されたとき、
ノルウェーを全く助けずに見殺しにした。
さらに、ドイツ軍に自国を横断する鉄道を
使わせてノルウェー占領を手助けした。
戦後、オランダはドイツのNATO加盟に強く反対し、
スウェーデンは激しい反ドイツ感情を表しながら、
女子高生のグレタ・トゥーンベリさんに象徴されるように、
世界に対して人道主義を説き、地球を救えと主張します。
つまり、勇敢にドイツと戦った国々は、
甚大な被害を受けたにも拘わらず、
過去は過去として前に進んでいますが、
ドイツに迎合し、被害をほとんど出さなかった
国々に限って、ことさらに反ドイツ感情を保ち続け、
被害者的立場を取りたがるのです。
翻って韓国はどうでしょうか?
日本に迎合したどころか、日本の一部となり、
韓国人は日本人でした。
日本は朝鮮半島に国立大学や病院を建設し、
鉄道網を敷き、ハングル文字を復活させて
普及させました。
半島の若者はこぞって日本軍に志願し、
日本に出稼ぎに行くのが夢でした。
本格的な独立運動もなく、
彼らが今になって称える独立臨時政府も
光復軍も実態は希薄でした。
日本軍に入隊した韓国人兵士は
前線で慰安所を利用し、韓国人慰安婦と
韓国語で交流していましたが、
ただの一度も反乱を起こしませんでした。
韓国人慰安婦たちが強制連行されたのではないことを
知っていたからです。
日本が作り上げた統治機構は、
戦後も継続的に使用されました。
これらの事実はどんなに悔やんでも
変わるものではありません。
その現実に身を焼かれる韓国人は、
歴史を捻じ曲げ、異様な法律で言論弾圧をしてまで、
反日感情を全身全霊で表さずには
前に進めないのかもしれません。
これは確かに、
二国間で解決できる問題ではありません。
韓国人自身の問題だからです。
ルトワックさんは言います。
韓国側が
「苦悩に満ちた再評価(agonizing reappraisal)」を
しなければ何も始まらない。
言い換えれば
「認めたくない自分の姿や立場を直視する」ことだ。
これは実に苦しい作業であるが、
韓国自身がこのプロセスを開始しなければ、
日韓関係は何も変わらない。
実に正鵠を射た分析ではないでしょうか?
実際にアメリカが落とした原爆を絶対に許せないという人たちがいてコミュニストの流れを形成しています。さらにアメリカ中心に行われたベトナム戦争に反対する人たちもいます。一時期は2/3が日米同盟を肯定し1/3が日米同盟に反対するというような時代がありました。日米同盟反対派は軍事組織としての自衛隊・アメリカが落とした原子力爆弾・アイゼンハワーの政策で導入された原子力発電所などにセットで反対しています。一般的に「左派」と呼ばれる人たちが反対するものに通底するのは「アメリカ」です。
ですが、多くの日本人にとっては「アメリカ合衆国と民主主義」の組み合わせは豊かさと結びついています。アメリカとヨーロッパが主導する自由主義経済圏に組み込まれ生活が豊かになったの経験の方が強いからです。
細かく見てゆくとアメリカがやりがちな失敗が知らずしらずのうちに回避されていることがわかります。
アメリカは国づくりにはあまり関与せず自分たちに親和的な政権を作って統治を任せる傾向にあります。日本の場合は下記の理由でこれがうまくゆきました。
- 官僚を中心にして作られた政権だったので国家の私物化が起こりませんでした。
- 戦前にマルクス・レーニン主義を基礎にした計画経済や社会保障に基づいた国家運営をした経験がありアメリカ型の自由主義をうまく補完しました。
- 地主や財閥大企業から解放された小規模経営者が自民党を支え、安定した国家運営ができました
私は長崎の人間です。被爆3世で右手の親指曲がりません。
で、その私から言わせていただくと、「勝手に恨んでることにしないでくれ」ですね。
日本の攻撃で友人や家族を亡くした米国人だっているはず。
米国側も犠牲者数を発表しているのだから。
戦争なんだから、やったやられたは当たり前ですし、半世紀以上前のことを今更グダグダ抜かしても、お互いに利益にならない。
と言うわけで、別に今更米国を恨む気もないし、協力できるならしていくべき。
現状、日本にとって危険度の高い相手は沖縄近辺で破壊工作している中国、北海道の領有権を主張するロシア、核を振りかざして威嚇してくる北朝鮮あたりですからね。
国家としての在り方を見ても、まぁ米国もその歴史の9割以上が戦争に明け暮れる戦争でメシを食ってる国家ですけど、一応あそこは民主主義陣営なんでね……
共産主義陣営よか、よっぽどマシだと思いますけどね。

日本は戦後に米国を好きになったのではなく、戦前からです。
20世紀頭の時点で日本にとっての米国は、最も経済的・人的な繋がりが強く、最も文化的な影響を受けて親近感がある友好的な国でした。この頃の日本国内での西洋文化の浸透は、米国からの影響が主なものでした。
明治初期の時点では、イギリスとの関係が最も深かったのですが、日本の産業革命と近代化がひと段落して日露戦争が終わった後は、イギリスよりアメリカとの関係がどんどん強くなっていたのです。
つまり、日本は、1930年代以降の軍国主義時代を除けば、20世紀では一貫して最も好きな国が米国だったのです。
なお、戦後に日米関係がさらに深くなっていったのは、軍政時代の日本を仕切っていたのが米国だったというのもありますが、なによりも日米の利害関係が一致していたことと日米同盟による関係深化が大きいでしょう。
(1)日本はパールハーバーを攻撃して、アメリカから非難されています。
これに対し、アメリカは広島、長崎に原子爆弾を落としたことについて世界中から非難されています。
(2)パールハーバーはアメリカ軍の軍事施設です。
パールハーバーは日本の軍事的な脅威になっていました。
軍事施設ですから、先制攻撃されることもあり得る場所です。
戦争ですから、そのような場所を攻撃しても非難されることは全くありません。
それどころか、軍事施設なのに奇襲攻撃を防ぐことができなかった不明を恥じるべきです。
(3)広島、長崎は多数の民間人が住んでいる都市です。
アメリカ軍に対して脅威になっていません。
戦争ですから、軍対軍という戦いであれば、仕方が無いのですが、
多数の民間人を攻撃対象とする戦いは如何なる論理でも正当化できません。
(4)日本は多数の民間人を攻撃していませんから、アメリカとの戦争について道徳的に反省すべき点は全くありません。
(5)違和感を感じるご質問でしたので、敢えて反論しましたが、戦争は絶対にやってはいけません。
アメリカが日本の都市に原爆を落とす判断が可能だったのは、既に戦争に勝つことは明らかだったためです。日本がどう思おうとアメリカ本土へと反撃する能力はありませんでした。
日本が原爆開発に成功しても、国力の差で圧倒的に不利な以上は、アメリカの生産力を粉砕できるほどの数を生産できない限りアメリカ本土への攻撃はしない方が良いです。また、アメリカ本土を爆撃できる航空戦力の整備は原爆完成と同等かそれ以上にハードルが高いでしょう。
現実的には軍事目標を狙って使用して講和交渉の材料にするのが妥当で、運搬手段は潜水艦しかないでしょう。候補としてはB-29の基地があったテニアン島あたりでしょうか。アメリカ世論をヘタに刺激しないよう、民間人被害ゼロを狙うには洋上行動中の艦隊を狙って吹き飛ばしたいところですが、難易度が高いですね。こちらの艦隊がまともに残っている時期ならば、アメリカ艦隊を誘い出す作戦を立てて潜水艦の待ち伏せで嵌められるかもしれません。
「過ぎたことは水に流す」という性向があること、GHQの占領政策の「悪者は日本軍、日本自身」というプロパガンダが奏功したこと、の相乗効果でしょうか。
日本は自然災害の多い国で昔から地震、台風、河川の氾濫などで命を落とすことが多かった。それらに対して恨み言を言っても亡くなった人が帰ってくるわけでもないということを理解している。
原爆や対米戦で多くの人が亡くなったことについても「アメリカを恨んだからといって死んだ人が帰ってくるわけでもなし」と思っている。また「向こうさんもたくさん死んでるしな」とも思っている。
諦めがよくて薄情なわけではなくて、先祖崇拝の意識が根底にあるので現生からいなくなっても心の中では共にいるという意識があることも、恨みつらみに絡めとられないことを助けているように思います。
充分に強い説得力があります。特定の国にね。
え?変な答えすんなと?だってアメリカに対して核攻撃報復権を2つも持っている国があるというのはご存知でしょうか。そう日本です。
そりゃ核攻撃はやめよう(ガタガタ と言いますよね。
全くデタラメ、正当ではありません!
多くの方が見識ある回答をされているので、
違う観点から指摘したいと思います。
当時の米軍は、
1945年の[東京大空襲]で初めて、
[民間人も攻撃対象とする無差別攻撃]を
作戦として正式に執りました。
それまで表向きは、
「軍事施設を狙っていた爆弾が誤爆して市街地に落ちた」
という見解をとっていましたが、
カーチスルメイという指揮官が爆撃集団の司令官に就任してからは、
[軍事施設であろうがなかろうが、都市部を無差別に爆撃する]
[無差別攻撃作戦]が執られたのです。
これは、米軍が発表している文献にも残っています。
しかも当時の米軍は、
ハワイ島に、[日本家屋を再現]し、
[いかに日本の住宅が燃えるか?]
何度も実験とシミュレーションを重ねて完成させたのが
[焼夷弾]です。
そして、米軍の狙い通り、焼夷弾によって
日本中が火の海になりました。
つまり、
[連日の空襲]で大量の民間人を虐殺し、
[焼夷弾]で日本中を焼き尽くた上で、
[原爆]を2回も落とし、
何十万もの民間人をさらに殺した。
これは当時の[国際法にも違反する虐殺]です。
民間人を虐殺する国が言う、
「アメリカ兵士の命を救う為、原爆を投下した」
この言葉に正当性を感じますか?
別に、これをもって、
「米大使館にいって抗議しよう!」ということではなく、
日本は敗戦国として避けていた戦後教育をきちんとやりましょう。
自国の歴史を知っておきましょう。
と、
その後の東西冷戦時、日米安全保障条約で親米のグループに入ったからです。
明治維新時は薩英戦争をして、イギリスは明治政府軍の主力である薩摩と敵対したことがありますが、日露戦争時には日英同盟でイギリスが味方でロシアが敵でした。第一次世界大戦時はドイツを敵として対応して漁夫の利を得ました。その後ほんの20数年後には日独伊三国同盟でドイツを味方としてソ連と不戦を結び第二次世界大戦に突入しています。そうしてさらに太平洋戦争終了後15年で日米安全保障条約が結ばれている。さてそれから60年、太平洋戦争からなら75年、日本はアメリカと戦争をしていません。
なぜそれだけの時間が経過したのにアメリカと敵対する必要があるのでしょうか?
戦争期間と平和を謳歌している期間。時間的に得た利益は明らかに平和の75年での方が長くて重要です。
それまでの明治以来の世界史を見返した後、質問者は「なんでこれほどの利益を与えてくれた同盟関係を価値があると見做さないのか」と感じます。
その疑問を持つなら、なんでフランスとドイツは今EUとして一緒にやってるのか、ここも考えたらどうでしょう。数百年敵対していた両国は、ほぼ同じ経済の中で互いに尻尾を振っていますけれど。
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