放屁庵退屈日記01

日文原文(整合兩張圖片):

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二月二十六日

外に一歩も出ることのない“土踏まず”の日々も一週間くらいにはなる。銭もないし、寒いから、こういうときは虫のようにしてやり過すのが一番だ。(カプセル代に着手無用)

この(放屁庵)の窓の外が、オレには無関係に明るくなっては暗くなり、また白んでくるという繰りかえしだけのようなが退屈はない。

腹が減って食う二度のメシも白米と味噌汁が基本で、あとは適当に一品かそこらだ。こういう時期は食ってみたい味のイメージも浮ばない。元来が、腹が減ったら食うという程度なのである。

それにしても、今年は矢鶴とクソ寒い。暑かった去年の夏の盛りに、癩癩を起こして、狭い庵で不用のくせにデッカイ面をしていた高級ガスストーブを、アングラ出身のバーティンの引越祝いだとって持っていってもらったのが、多少惜しまれる。あれは暖かかったなぁ。どうもオレの“行き当りバッタリ”の性は、季節は繰り返すという大自然の法則すら忘れちま

仕方がないので、燃え忘れずに長いこと裏に放置してあった石油ストーブを持ち込み、頼りない火に貼り付き、赤いマフラーで煩雑にして凌ぐ。

それでもダメな時は、バス・クラリネットを吹く腹式呼吸のウォーミング・アップ用に自分で開発した、山本小鉄風ヒンズースクワットと、極寒の刑務所で採用されてる“天突き体”を組み合せた運動を、普段の倍やって暖をとるのだが、あまりやり過ぎても今度は腹が減るので困ったものだ。

アンプッシャーの確認のために大鏡を取りつけてある。そこに煩雑してバス・クラをくわえた大男が映るたび、笑い出しそうになり口唇の緊張がゆるむので、マフラーは仕方なく外さなければならない。ものの一時間もしッスンすると、オレのスキンへッドは玉の汗である。

科学の粋を集めて製造したという防寒服に身を固め、氷点下四十度の山歩きをする男と、うちがあが、前者は世界の登山史に英雄として末長く語られるだろう。

今日はカプセルが届く。楽しみだ。

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中文翻譯:

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二月二十六日

一步也不踏出門外的「足弓」生活,轉眼也快一週了。沒錢,又冷,這種時候像蟲子一樣窩著挨過去最好。(膠囊錢就別動歪腦筋了)

這間「放屁庵」的窗外,天色與我無關地亮了又暗、暗了又泛白,就只是這樣反覆著,但我並不覺得無聊。

餓了吃兩頓飯,基本就是白飯和味噌湯,其他再隨便加個一兩道菜。這種時期,腦子裡也浮不出想吃什麼味道的念頭。我本來就是餓了就吃的那種程度而已。

不過話說回來,今年真是他媽的冷得跟矢鶴一樣(註:此處應為比喻,可能指極冷或某種寒冷意象)。去年夏天最熱的時候,我犯了懶病,把那台在狹小庵裡明明不必要卻佔著大塊頭的高級瓦斯暖爐,當作送給從地下文化圈出身的朋友巴汀的搬家賀禮,讓他搬走了——現在想想還真有點可惜。那台可真暖啊。看來我這「隨遇而安」的性子,連季節會循環這種大自然法則都給忘了。

沒辦法,只好把之前忘了燒完、長期扔在後面的煤油暖爐搬進來,貼著那微弱的火苗,再圍上紅色圍巾,亂糟糟地硬撐過去。

要是這樣還不行,我就加倍做我自己開發的、用來熱身吹低音單簧管腹式呼吸的運動——結合山本小鐵風格的印度深蹲,以及極寒監獄裡採用的「天突體」——來取暖。但做過頭又會餓肚子,這也真麻煩。

為了確認吹嘴(ampouchure),我裝了一面大鏡子。每次鏡子裡映出那個亂糟糟地叼著低音單簧管的大個子時,我都忍不住想笑,嘴唇的緊張感就鬆掉了,所以圍巾只好拿下來。才練了大約一個小時,我這顆光頭就已經滿是豆大的汗珠。

那些穿上集科學精華製成的防寒衣、在零下四十度山裡行走的人,跟我比起來——前者大概會被當成英雄,長久流傳於世界登山史上吧。

今天膠囊會送到。真期待。

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