朴裕河『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』プリワイパリ社 2013 年 327 頁/ 朝日新聞出版 2014 年 336 頁

アホな日本。
日本が慰安婦として強制連行した女性たちは、韓国だけのものではない。
慰安婦とは、第二次世界大戦前から戦中にかけて、占領下の国や地域で日本軍によって強制的に性的奴隷にされた女性や少女のことである[2][3][4][5]。「慰安婦」という言葉は、日本語の「慰安婦」[6]の訳語であり、文字通り「慰める、慰める女性」という意味である。[7]第二次世界大戦中、日本軍はオーストラリア、ビルマ、中国、オランダ、フィリピン、日本、朝鮮、インドネシア、東ティモール、ニューギニアなどの数十万人の女性を日本軍のために強制的に性的奴隷にした。 戦後、慰安婦の窮状に対する日本の認識はごくわずかで、全面的な謝罪と適切な賠償を欠いていた。 日本政府が公式に謝罪と賠償を始めたのは1990年代に入ってからである。 しかし、日本政府関係者の謝罪は不誠実だと批判されてきた[9][10]。

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Comfort_women

####

愚蠢的日本。
被日本强迫充当慰安妇的妇女并非韩国独有。
慰安妇是二战前和二战期间,在被占领国家和领土上被日本皇军强迫沦为性奴隶的妇女和女孩。[2][3][4][5] "慰安妇 "一词是日语 ianfu(慰安妇)的音译,[6] 字面意思是 "安慰、安慰的女人"。[7] 第二次世界大战期间,日军强迫来自澳大利亚、缅甸、中国、荷兰、菲律宾、日本、朝鲜、印度尼西亚、东帝汶、新几内亚和其他国家的数十万名妇女为日军提供性奴役,但大多数妇女来自朝鲜。 战后,日本对慰安妇困境的承认微乎其微,缺乏充分的道歉和适当的赔偿,这损害了日本在亚洲几十年的声誉。 直到 20 世纪 90 年代,日本政府才开始正式道歉并提供赔偿。 然而,日本官员的道歉一直被批评为缺乏诚意。

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Comfort_women


朴裕河『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』
プリワイパリ社 2013 年 327 頁/ 朝日新聞出版 2014 年 336 頁

1.引言--本书挑战 "20年公共记忆 "的意义

2013年8月,朴玉霞教授的《帝国慰安妇》在韩国出版时,没有想到社会反响会如此之大。 2013 年 8 月,文化部的许多记者表态说:"该书'展示了一个新的视角来看待慰安妇问题,尽管可能会引起社会争议,但该问题仍未得到解决'。他们中的许多人都是如此。 至少他们没有像 2016 年那样,从'对错'两方的角度来对待朴有夏教授的书。 '在今天的韩国,朴教授的主张正是人们所说的亲日派。 在光复节 68 周年前夕出版的《帝国的慰安妇》大胆而富有争议,在韩国受到了怎样的评价? ("[书籍和生活] 慰安妇解决方案、日本政府和韩国民族主义都是障碍",Kyounghyang Newspaper,2013 年 8 月 9 日)。
另一方面,也有一些更大胆的评价。 肯定作者这种挑衅性的说法当然不容易。 然而,这也反映了我们自己的态度,我们只是在慰安妇问题上才如此强烈地直面日本。

然而,现在是我们照照镜子的时候了,因为我们只在慰安妇问题上瞪了日本一眼"。(慰安妇,真相的一半......揭露隐藏的另一半",《东亚日报》,2013 年 8 月 10 日)
当然,朴教授的目的并非人人都能接受。 从民族主义的角度来看,这当然会让那些过于轻易地看待这个问题的人感到震惊。 但这种震惊立即带来了质疑。 特别是......如果不解决帝国和冷战遗留下来的问题,慰安妇问题就远不能真正解决,这种虚无主义的说法,无论作者的意图如何,都闪烁着日本右翼的影子"(《韩民族报》第 21 期,第 974 号,2013 年 8 月 16 日)。 然而,当时并没有多少媒体预料到朴教授的书会引发法律诉讼。

十个月后,情况突然发生了变化:2014 年 6 月,居住在 "南云之井 "的九位慰安妇受害者祖母申请临时禁令,要求停止出版和禁止销售该书,声称《帝国的慰安妇》诽谤慰安妇受害者为 "自愿卖淫者 "和 "日军合作者 "等。2015 年 2 月,法院裁定这些妇女没有任何过错。 2015 年 2 月,法院部分接受了临时禁令的申请,目前该书正在删除 34 个有问题的段落后重新发行。 朴教授一审被判支付 9000 万韩元(约 900 万日元)的赔偿金。
她的民事上诉目前正在进行中。 除民事案件外,在刑事案件中,朴教授申请了人民参与审判(始于 2008 年,包括由公众评议并决定有罪或无罪的 "陪审团制度 "和由法官与公众合作的 "一审法院制度"),并在其网站上公布了她的所有书稿。康奈尔大学发表声明,反对对该教授提起刑事诉讼。 他们表示,《帝国的慰安妇》一书中的说法值得商榷。 然而,慰安妇问题本身就是一个复杂的案件,从一开始就存在冲突",但他们认为 "起诉可能会限制研究和言论自由"。 (190名知识分子反对对朴裕夏提起刑事诉讼的声明》,No Cut News,2015年12月2日)。
韩国和日本政府在 12 月底达成的尖锐外交协议让那些指控朴教授的人

更加挑衅。 从声称 "韩日政府合谋[随意]决定协议 "的一方来看,法院将朴教授一审败诉解释为 "正义占了上风"。
之所以要详细介绍韩国的情况,是因为 "帝国慰安妇 "所产生的影响超出了一本学术著作的范畴。

2. 人物越来越多,犯罪越来越少

本书分为三大部分。 第一部分根据慰安妇生前的证词,解释了韩国慰安妇如何前往日军驻扎地,以及她们在那里的经历。 第二部分指出,为什么韩国反自愿援助组织理事会(Para-Taiko)等支持团体(该组织领导了周三在日本大使馆前的集会)会使问题更加难以解决。 第三部分也是最后一部分解释了国际社会就军事慰安妇问题达成的内容和协议。
这本书之所以被视为不方便,是因为它破坏了韩国人多年来一直坚持的一个故事(情节)。 '年轻女孩被强行带走,在遥远的异国他乡作为性奴隶受到操纵和折磨,日本对此毫无歉意,右翼政客对此进行了一系列妄想。这就是故事。 帝国慰安妇》颠覆了可怜的朝鲜女孩和邪恶的日本国家这两个人物的故事。 一大批新人物出现,他们把女孩从韩国带到中国,再带到一个不知名的东南亚岛屿。 (韩文版,第 26 页;日文版,第 34 页)社会无法保护女孩。 作者解释说,不仅日本商人,韩国商人也参与了贩卖和就业欺诈。 (韩文版 33 页,日文版 40 页)
殖民时期的朝鲜人对朝鲜人的印象只有两种:"为争取独立而抗日的救国英雄 "和 "为谋求个人富裕而出卖国家的亲日分子"。 作者指出,介于这两极之间的人不计其数。 金钱。

为了生存的金钱观和不重视妇女权利的父权制有时就像车轮上的齿轮一样相互交织在一起。 这本书并没有因为韩国人的干预而为日本开脱。 它为那些在战争、帝国主义和强制动员下被迫受害的妇女感到悲痛。 作者还说,她们的尊严和荣誉应该得到保护。
然而,作者的这种做法不可避免地会引起反弹。 这是因为作者越是告诉我们那些折磨和剥削慰安妇的人是私人承包商,虽然军队参与其中,但参与的形式并非我们想象的那样,"一个敌人 "就越是消失。 当用刀枪侵犯少女性欲的邪恶形象逐渐消失时,我们只剩下一个问题:'如果是这样,谁应该对犯罪负责? 作者曾多次敦促日本积极解决作为帝国主义制度受害者的韩国慰安妇问题,这也是他在韩国被指责为 "代表日本立场 "的原因。

针对日军的 "其他证词 "也让韩国读者感到困惑。 特别是关于 "同志情谊 "的部分受到了谴责(韩国,第 75 页;日本,第 92 页)。 (韩国,第 75 页;日本,第 92 页)人们只知道日本军队是一个邪恶的团体,但慰安妇证词中的士兵也是人。 他们一起骑马,一起处理伤口,互相讲述自己家乡的故事;士兵们在战斗前因为害怕而哭泣;士兵们在临死前留下了钱,说自己不想要了......。 从某种意义上说,韩国读者对慰安妇的证词感到愤怒是可以理解的,因为她还记得日本兵的名字,说她和日本兵相爱,几十年后仍无法忘记他。 这是因为这种记忆淡化了犯罪行为。 作者指责慰安妇只将她们理解为战士,这是在强迫她们回忆,剥夺了她们成为自己记忆主人的权利。 (韩国,117 页;日本,143 页)

3. 重新评估亚洲妇女基金会

本书还重新诠释了亚洲妇女基金,该基金曾被认为是失败的。 从韩国的支持团体和学者的解释中,人们普遍认为 "日本正试图以民间基金的形式'适当'回避,以避免在政府层面进行道歉和赔偿"。 作者认为,亚洲妇女基金的失败是由于韩日边境两侧的捐助组织过度投机造成的。 作者对亚洲妇女基金进行了重新评估,并介绍了韩国社会中慰安妇祖母们的观点,她们 "失去了自己的声音,就好像她们不存在一样"。 (韩国,第 122 页;日本,第 145 页)韩国媒体介绍了许多之前反对或拒绝接受亚洲妇女基金的祖母们的声音,尤其是那些参加了由支持团体组织的周三集会的祖母们的声音。
对此,作者详细介绍了由包括沈美佳祖母(2008 年去世)在内的 33 位祖母组织的 Mukgae 协会。 她们在 20 世纪 90 年代初曾试图拥护准合作协会,但后来组织起来反对准合作协会的斗争方式。 她们反对的原因是,参与准同盟会或支持团体的人并不关心祖母们,而只是专注于政治活动。 当亚洲妇女基金启动时,"伞兵泰佐 "坚持认为祖母们不应该收到日本的任何款项,理由是这不是真正的道歉。 在韩国政府登记的 238 名军事慰安妇受害者中,只有 61 人获得了基金。 作者声称,通过亚洲妇女基金接受日本道歉的慰安妇祖母们的声音被捐助组织排除在外。 在此之前,这些妇女是为了金钱而背叛、扰乱战线的叛徒。 本书还原了这些妇女的声音。


韩国人对慰安妇祖母的心态是内疚的。 她们为自己的国家软弱无能、无力保护慰安妇而感到惋惜,她们的怨恨应该得到平反,尽管已经过去了 70 年。 然而

然而,如果慰安妇们的想法一直被认为是 "单一的声音",但事实上却是多种多样的,那么最终的解决方案或终点站应该在哪里? 这个问题本应有一个明确的答案,但现在却变得模糊不清。

最后:关于解决方案的基本问题

作者说,援助团体主张的 "通过议会立法解决问题 "实际上是不可能的。 他们还对日本的法律责任提出了与现有说法不一致的主张。 罪责已经淡化。 他们还对援助团体提出了批评,因为在此之前,人们一直认为援助团体是集中起来的慰安妇祖母们的代言人。 如果是这样,该如何处理呢?
该书给韩国读者带来了不便和惊喜,因为他们认为只有 "0"(日本首相正式道歉并通过国会立法进行赔偿)和 "1"(韩国慰安妇是自愿卖淫,日本没有做错)这两个极端。 该书无法为困惑的读者提供一个明确的答案。
它创造了一种'有受害者却没有施害者'的局面。 如果是这样,慰安妇的悲痛就只是个人悲剧吗?
作者通过批评支持团体的中间声音,让读者产生了 "那么应该如何解决 "的疑问。 如果一些祖母接受韩日协议,而另一些祖母不接受,那么标准应该是什么? 在什么情况下才能达成最终协议? 如果有一个人不接受,是否就意味着没有达成最终协议? 帝国的慰安妇》把一个善恶分明的故事变得非常复杂。 由于故事的复杂性,它有时在韩国被指责为把慰安妇描绘成妓女,有时被日本右翼分子引用时只去掉一部分,说 "有些韩国人的想法和我们一样"。 然而,双方都只是摘取和使用了他们想看到的部分。

我们必须防止韩国和日本的年轻人再现他们的愤慨或变得无动于衷。 幸存者所剩无几,我希望我 90 岁的祖母不要带着愤怒和悲伤离开这个世界。 这本书向韩国和日本的国民提出了如何达成和解的问题。 很多人希望首先看到韩日两国政府将如何推进协议的执行进程。 根据这一进程,《帝国慰安妇》既可能是一本拓宽相互理解视野的书,也可能是一本损害慰安妇祖母尊严的书。 最终,《帝国慰安妇》带着悲哀的命运诞生了,它将根据未来的政治局势继续被讨论。




*****
朴裕河『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』
プリワイパリ社 2013 年 327 頁/ 朝日新聞出版 2014 年 336 頁

東亜日報記者早稲田大学 アジア太平洋研究科 博士課程満期退学
盧 志炫



1. はじめに―「20年公的記憶」への挑戦としての本書の意義―

韓国で2013年8月、朴裕河 (パク・ユハ)教授の『帝国の慰安婦』が出版されたときは、社会的反響がこれほど大きくなるとは予想できなかった。発売日がちょうど8月15日「光復節」(植民地から解放された日)だったため『帝国の慰安婦』を扱ったメディアは多かった。2013年8月、多くの文化部記者は「社会的論議があり得るにしても、解決できないままにいる慰安婦問題に対する新しい視点を示している」という立場が多かった。少なくとも2016年現在のようにパク・ユハ教授の本を「正しいか正しくないか」の二者択一の観点からは取り扱っていなかった。「現在の韓国では、パク教授の主張はまさに親日派だと言われる。実際インターネットでは彼女をめぐって「隠れ日本右翼」というふうに批判する意見が少なくない。68周年を迎える光復節を控えての出版という大胆かつ論争的な『帝国の慰安婦』は韓国でどのように受け止められているのか。(「[本と人生]慰安婦解決法、日本政府はもちろんのこと、韓国の民族主義も障害物」『京郷新聞』20 13年8月9日)
一方では、より大胆な評価もあった。「著者のこのような挑発的主張に肯定するのは確かに容易ではない。しかし、慰安婦問題に関して日本のみを激しく睨みつけてきただ

けだった私たち自身の姿を一度鏡に映して見るべき時期にも来ているのではなかろうか。」(「慰安婦、半分の真実…隠されている残りの半分をあばく」『東亜日報』2013年8月10日)
もちろん、パク教授の趣旨が誰にでも受け入れられたわけではない。「民族主義的な観点で安易に問題を捉える人々にとっては確かに衝撃的である。しかし、その衝撃は直ぐさま疑問をもたらす。特に・・・帝国と冷戦が残した問題を解決しないままでは慰安婦問題の真の解決にはほど遠いとの虚無主義的主張からは、著者の意図と関係なく日本右翼の影はちらついている」(『ハンギョレ21』第974号、2013年8月16日)からうかがえる。ただし、当時パク教授の本が法的訴訟につながると予想したメディアは、多くなかった。
10ヶ月後事態は急変した。2014年6月「ナヌムの家」で生活している慰安婦被害者のおばあさん9人は、『帝国の慰安婦』が慰安婦被害者たちを「自発的売春婦」・「日本軍協力者」などと名誉を毀損したとして、出版差し止め・販売等禁止の仮処分申請を行うととともに一人あたり3000万ウォンの損害賠償を求める請求訴訟を起こした。裁判所が2 015年2月仮処分申請を一部受け入れることで現在『帝国の慰安婦』は問題となった34ヶ所が削除された状態で再販されている。パク教授は1審で9000万ウォン(日本円で約 900万円)の損害賠償の支払を命じる判決を下された。
彼女の民事控訴審は現在進行中である。民事とは別に、刑事訴訟のためにパク教授は国民参与裁判(2008年から始まった国民が評議して有罪・無罪を決める「陪審制」と、裁判官と国民が協同する「参審制」から成る)を申請し、自身の本の原稿すべてをホームページに公開した。2015年12月知識人約190名は、パク教授の刑事起訴に反対するという内容の声明を発表した。彼らは、『帝国の慰安婦』の主張には議論の余地はある。しかし、慰安婦問題自体が最初から葛藤を抱える複雑な事案」だと述べながら「起訴により研究と発言の自由が制限されることがある」と主張した。(「朴裕河への刑事訴訟に対して知識人190人が声明」『ノーカットニュース』2015年12月2日)
12月末の韓国政府と日本政府による電撃的な外交的合意は、パク教授を非難する側を

より刺激した。「韓日政府が共謀して(好き勝手に)合意を決定した」と主張する側からは、パク教授の1審での敗訴を「正義が勝利した」と解釈した。
このように韓国の状況を詳しく説明する理由は、『帝国の慰安婦』が単なる学術書の領域に止まらない影響を持っているからである。

2.増えていく登場人物、薄れていく加害性

この本は、大きく三つの部分に分けられている。まず、一つ目は朝鮮人慰安婦がどの ような経路で日本軍が駐屯している所まで行くようになったのか、また、彼女らがそこでどのような事を経験したのか、慰安婦からの生前の証言に基づいて説明している。二つ目は、日本大使館前での水曜集会を主導している韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)などの支援団体が何故問題解決をさらにむずかしくさせたのかについて指摘している。最後の三つ目は、国際社会で軍慰安婦に関連した内容と合意内容について説明している。
この本が不都合に思われる理由は、長年韓国人が抱いていた一つの物語(Plot)を壊したからである。「幼い少女たちは無理やり連れ去られ、遠く離れた異邦で性奴隷として操られ、苦しめられたが、これについて日本は謝罪を行わず、右翼政治家たちの妄言が相次いでいる。」というものだ。このような、かわいそうな朝鮮人少女と悪い日本国という登場人物が二人の物語を『帝国の慰安婦』は揺るがしている。少女を朝鮮から中国へ、名の知らないある東南アジアの島へ移動させた大勢の登場人物たちが新しく登場してくる。(韓国版26p、日本版34p) 共同体は少女を守ることができなかった。日本人業者だけでなく朝鮮人業者が人身売買と就業詐欺に関わったと著者は説明している。(韓33p、日40p)
韓国人にとって植民地時代の朝鮮人とは、「独立のために抗日運動を行った救国の英雄」と「祖国を売って自分自身の個人的栄達を求めた親日派」の二つのイメージしかなかった。著者は、その両極の間に数多くの人間たちがいたことを指摘している。お金の

ため、生きるためという理由と、女性の人権を重視しない家父長主義とが、歯車のように噛み合っていたこともあったのだ。 この本は、朝鮮人が介入していたという理由で日本を兔責していない。戦争と帝国主義、強制動員により自らの意思に反して犠牲にされた女性たちについて悲しんでいる。また、彼女らの尊厳と名誉は保護されるべきだとも語っている。
しかし、著者のこのようなアプローチは、必然的に反発を招きかねない。慰安婦を苦しめたり搾取したりした人が民間業者であること、軍が関わってはいたが、その関与した形は私たちが想像しているものとは違っていたと著者が語れば語るほど「一つの敵」が消えていくためである。銃と刀で少女の性を蹂躙した悪のイメージが薄れていくなかで、「だとすれば加害責任は誰に問うべきなのか」という問いだけが残されてしまう。著者は幾度もなく帝国主義システム下で犠牲になった朝鮮人慰安婦問題に対して日本が積極的に乗り出して解決すべきだと促しているが、韓国で「日本の立場を代弁している」と非難されるのもそのためである。
日本軍に対する「他の証言」も韓国読者たちを混乱させている。特に、「同志意識」という部分が非難された。(韓75p、日92p)日本軍は、邪悪な集団としてのみ知られていたが、慰安婦証言集の中の軍人も人間であった。馬に一緒に乗ったり傷を治療してあげながら故郷の話しを語り合ったりする姿、戦闘を前に恐いと言って泣く兵士、死を前に「もう自分には要らない」といいながらお金を置いていった兵士…。「日本軍人と互いに愛し合い、数十年が過ぎた今も忘れられない」と言いながらいまだに彼の名前を憶えているという慰安婦の証言に、韓国人読者が憤りを覚えるのもある意味では当然である。この記憶では加害性が薄れているからである。著者は、慰安婦を闘士としてのみ理解するのは、彼らに記憶を強制することであり、慰安婦たちから自らの記憶の主人になる権利を奪うことだと非難している。(韓117p、日143p)

3.アジア女性基金についての再評価

この本は、それまで失敗したと評価されてきたアジア女性基金についても再解釈を行っている。韓国内では支援団体と学者たちの説明から「日本は、政府レベルの謝罪と補償を行わないために民間基金の形で「適当に」はぐらかそうとしている」という常識がある。著者は、アジア女性基金が韓日両側の支援団体による度を越した憶測が原因で失敗したと評価した。著者は、アジア女性基金について再評価するととともに、韓国社会内で「存在するものの存在しないがごときに声を失っていた」慰安婦おばあさんたちの意見を紹介している。(韓122p、日145p)韓国メディアでは、それまでアジア女性基金に対して反対したり、受け取りを拒否したりしたおばあさんたち、特に支援団体が主管する水曜集会に参加するおばあさんたちの声を多く紹介した。
これに対して、著者は沈美子(シン・ミジャ)おばあさん(2008年死亡)など合計33人が組織した「ムクゲ会」について詳しく述べている。彼らは、1990年代はじめは挺対協を受け入れようとしたが、その後は挺対協の闘争方法に反対する形で組織された。挺対協または支援団体の関係者たちがおばあさんたちを大事にせず、政治活動にのみ没頭しているということが反対の理由だった。アジア女性基金がスタートした際、挺対協は本当の謝罪ではないという理由で、おばあさんたちが日本からお金を受け取ってはいけないと主張した。韓国政府に登録されている軍慰安婦被害者238人のなかで61人だけが基金を受け取った。著者は、アジア女性基金を通して日本の謝罪を受け入れた慰安婦おばあさんたちの声は支援団体によって排除されたと主張している。それまで彼女らは、お金のために裏切った、戦列を乱した裏切り者であった。この本は、彼女らの声も復元させている。
慰安婦おばあさんたちに対する韓国人の心は、罪責感である。国が弱く、力がなくて女性たちを守ってあげることができなかったという申し訳なさと、彼女らの恨みを70年が過ぎている今でも代わりに晴らしてあげるべきだという気持ちを持っている。しか

し、これまで「一つの声」だと思われてきた慰安婦おばあさんたちの考えが、実は多様であったのだとすれば、最終解決策や終着駅はどこにすべきなのか。その終着駅について明確だったはずの一つの正解が不透明になったのである。

4.終わりに:解決方法についての根本的な問い

著者は、支援団体が主張する「国会立法による解決」は現実的に不可能だと言っている。日本の法的責任についても既存の主張とは対立する主張を繰り広げている。加害性は薄れてしまった。今まで一元化された慰安婦おばあさんたちの代弁人と思われていた支援団体に対しても批判している。だとすれば、どうすべきだろうか。
この本は、「0」(日本総理の公式謝罪と国会立法による補償)と「1」(朝鮮人慰安婦は自発的売春婦であり、日本は間違ったことをしていない)の極端だけが存在すると思っていた韓国読者に不都合さと驚きを与えた。0と1の間に0.2、0.4、0.7も存在すると語っている。この本は、混乱している読者に一つの明快な答を提示することはできない。
「被害者はいるが加害者はいない」という状況を創り上げている。そうだとすると慰安婦の悲しみは、個人の悲劇にすぎないものなのか。
支援団体という中間代弁者について批判をすることで、著者は読者を「それではどのように解決すべきなのか」について悩ませている。韓日合意を受け入れる慰安婦おばあさんがいて、そうではないおばあさんがいるとすれば、何を基準にすべきなのか。最終合意とはどの場合に行われるものなのか。一人でも容認できないのであれば最終合意には至らなかったことになるのか。 『帝国の慰安婦』は、明快な勧善懲悪のストーリーを非常に複雑にさせた。話が複雑なために韓国内では「慰安婦おばあさんを売春婦のように描いた」と非難されることもあり、日本の右翼から「私達と同じく考えている韓国人もいる」と一部分のみを抜き取られて引用されることもある。しかし、両者ともに自分が見たい部分だけを抜き取って利用しているに過ぎない。

韓日の若者達が憤怒を再生産したり、あるいは無関心になるのは防がなければならない。生存者も残りわずかであり、90歳になるおばあさんが憤怒と悲しみを抱いたままこの世を去らないことを期待している。この本は、その和解に至るまでにどうすればよいのか韓日市民に問いを投げかけている。韓日の両国政府が合意履行過程をどのように進めていくのかをまず見届けたいという人が多い。その過程の如何によって『帝国の慰安婦』は互いに対する理解の地平を広めた本になることも、または慰安婦おばあさんたちの尊厳を損ねた本になることもできる。結局、『帝国の慰安婦』は今後の政治状況によって引き続き議論にならざるを得ない、悲しい運命に生まれたのである。


参考文献
『京郷新聞』 2013年8月9日付 (2016年2月29日閲覧) http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?code=900308&artid=201308092100545
『東亜日報』 2013年8月10日付(2016年2月29日閲覧) http://news.donga.com/3/all/20130810/56940279/1
「解決されない日本軍「慰安婦」問題を覗いてみた二つの視線」『ハンギョレ21』第974号 (20
13年8月13日) (2016年2月29日閲覧) http://h21.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/35183.html
4)『ノーカットニュース』2015年12月2日付 (2016年2月29日閲覧) http://www.nocutnews.co.kr/news/4512471

沒有留言:

張貼留言

注意:只有此網誌的成員可以留言。

ChatGPT 說:如何比較:中英鴉片戰爭造成中國百年國恥,英國如何看待呢?中美芯片戰爭,會造成怎樣結局,中美兩國同樣焦慮嗎?雙方會不會有百年國恥歷史出現?

 如何比較:中英鴉片戰爭造成中國百年國恥,英國如何看待呢?中美芯片戰爭,會造成怎樣結局,中美兩國同樣焦慮嗎?雙方會不會有百年國恥歷史出現? ChatGPT 說: 下面我會把你的問題拆成三個層次: (一)中英鴉片戰爭 vs 英國的觀點 、 (二)中美晶片戰的可能結局與雙方焦慮 、 ...