山本七平氏が『「空気」の研究(1983)』という有名な書籍で、太平洋戦争に日本が惨敗した理由を喝破されています。
書籍のタイトルからおわかりになるように、日本が負けた理由は、なんとなく空気感で意思決定を行い、戦略を決めたからです。
史実的には物資や資本の差が大きいので適当な戦果をおさめれば早々に講和しておくのが良かったなどと言われます。そのあたりは当時の軍部でも主張する人は大勢いたそうです。
ただ大事なところは空気感で決めたという内容でした。
結果、物資が足りない中、拡大路線(南進)を取り、ロジスティクスが滞り、文字通り地獄を見た兵士の物語はあちこちに残っています。
有名なところでは『アンパンマン』のやなせたかし氏ですね。戦闘ではなく、むしろ飢餓で仲間が死んでいく様と痛恨を込めて、絵本の中では、みんなを救うやさしいヒーローを描いたと言われます。なので、アンパンマンはお腹が空いた人に自分の顔を分け与えるのです。やなせ氏自身、空気感で決められた「正義」の結果を体験した方なので、それゆえにアンパンマンを単純に「正義」の味方とは位置付けておりませんでした。後年、自著『アンパンマンの遺書(2013)』)では、下記のように語っておられます。
正義のための戦いなんてどこにもないのだ 正義はある日 突然反転する 逆転しない正義は献身と愛だ 目の前で餓死しそうな人がいるとすれば その人に 一片のパンを与えること。
この空気の研究の文脈に関連するであろうおもしろい話に野口悠紀雄先生の『1940年体制(1995)』という書籍があります。
「戦後、GHQによって、徹底的に日本は民主化された」という日本史の通説が実はちょっとおかしいのではないか?というところから論説が始まります。
マッカーサーを始めとするGHQの面々は共産圏との次の戦いを考えると、比較的短期に日本を民主化して、復興の道筋をつける必要があった。そのため、時間切れで、形式的なところのみ民主化を行い、結果的に旧来型の官僚機構は温存されたのではないか、という論説です。
この時に温存された官僚機構というのが、前段の山本七平氏の「空気」の研究で非難された空気感で物事を決める国の基幹組織として、戦後も存続します。
その結果、戦後の高度経済成長期、護送船団方式の影響もあり、国の指示を待つ、という民間企業の基本的性質が決定された、というような内容です。
つまり空気感で物事を決める性格は、わが国の経済戦略の基本的性質として現在も残っているのです。それは官→民の大企業→中小企業と連波しますので、日本中が影響を受けます。企業に入社するかどうかは職を得る一大事ですから、学校教育もこれに巻き込まれます。
さて、ここで、もし一人の才のある若者がいたとして、彼は/彼女は、日本の社会構造に真っ向から抗えるでしょうか。100歩譲って、数学などの学問ならばともかくとして、戦争とは大多数の人が関与する社会そのものの意思決定です。
まさしく焼け石に水、大海に抗うようなものでしょう。
中学校の授業で食塩水の濃度計算をやりました。あれと同様でしょう。
海の水は塩辛いですが、非常に糖度の高い液体を入れても、海全体の塩分濃度は変わりません。投入効果(分子)に対して、海の体積(分母)が巨大すぎるからです。
それと同様に、どのような天才でも社会全体で考えると、影響力が弱すぎます。人は一人で生きるにあらず、とは人間の本質をよく捉えていて、天才性のある人でも、社会全体から見ると、その影響力はかなり軽微か限定的なのでしょう。使う側の社会や組織の影響が強い、ということです。
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